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07.穴があったら入りたい

 ユーミリアは目を瞑り、自身の顔の中心に体中の力を込める。先ほど言った自分の言葉を噛みしめていたのだろう。


 《……。そうか、なるほど。で、誰か相手はいるのか?》


 鹿が抑揚のない声で答える。

 なおも宣言体勢を維持している、一人で痛い感じになっている、彼女の想いを一から聞きとめてあげようと、鹿は懐を深くして質問を投げかけたのだった。


 《何を言ってるのです……頭は大丈夫ですの? 鹿さん。相手が居なくては結婚は出来なくてよ?》

 《ああ。分かってるよ。》


 鹿は目を細めて彼女を温かく見守る。


 《……気持ち悪いですよ? 鹿さん。……相手は、マルコス様です。》


 ユーミリアの言葉を受け、鹿はそれを心にそっとしまった。


 《そうかそうか。それで、その男性から結婚の申し出はあったのかい?》


 鹿の態度がだんだん癇に障ってきたユーミリアは、眉間に皺を寄せる。


 《あたりまえですわ!! この世界、女性から婚姻を申し込むことは許されてないことぐらい、常識中の常識!! 私だってそれくらい知ってましてよ!? 彼からはきちんと、愛していますと……愛しています!?》


 「っっっ!!」


 ユーミリアは目を見開き、思いっきり広げた口で大きく息を吸い込んだ。

 (プ……プロポーズされていません……。そうですわ。“愛してます”とは言われましたけど“結婚しよう”とか“一生一緒にいよう”とか“俺の人生について来いっ!”とか言われてませんわっ!!)


 《そうか、そうか。手違いがあったのだな。勘違いしてしまっていたのなら仕方がないことだ。誰にでも間違いはあるぞ。気にするな。だが、男には非がないのだから責めてはいかんぞ。 ……ん? どうしたのだ? 急に土いじりなんぞ始めよって……。》


 鹿の生暖かいアドバイスを聞き流しながら、ユーミリアは徐に鹿の隣で四つん這いになり、懸命に素手で庭の一部を掘り始める。


 《……穴を掘っていますの。》

 《“穴”?》

 《……。穴に入りたいのです!!! 恥ずかしくて死んでしまいそうですわ……。》


 彼女は耳の先まで、真っ赤に燃えあがっていた。


 (う――……そうですわよね。私ごときが何ておこがましいのでしょう。

 そうよね、私の価値的にはキープが妥当ですわよね!!

 これからいろんな人との出会いますものね。さすがマルコス様、千里眼!!!

 これから先、私より価値のある人物がザクザク出て来ますわよ!!!

 もう私ったら……。きっとマルコス様は、プロポーズしたら最後、蛙が蠅を捉えるかのごとき勢いで、私がプロポーズに食いつくと思いましたのね。だから、愛の囁きで止めておいたのですわね。

 正解よマルコス様……。私、明日にでもすぐ“ふつつか者ですが”なんて、ちょっとした家財道具を片手に、マルコス様の家に乗り込むところでしたわ……。

 危ない危ない……とんだ笑い物にんなる所でしたわね……。)


 ザク ザク ザク


 ユーミリアは手を止めることなく、なおも穴を掘り下げる。


 《……頑張って掘ってるの――。……分かった。では、お前さんが穴に入ったら、わしが上から土をかけてやろう。自分では難しいであろう。》


 彼女はピタリと手を止める。


 「……。なにをする気ですのっ!!!」


 ユーミリアは勢いよく鹿の首に掴みかかった。


 《こっこら! 首を絞めるな!! 殺す気か!!!》


 鹿が前足で地団駄を踏み暴れ始める。


 《はじめに殺そうとしたのは貴方でしょう!?》

 《はっ、濡れ衣! わしはお前が穴の中で死にたいと言うから、親切心から土をかけてやろうと言ったまでだ!!》

 《死にたいだなんて言ってませんわよ! 誰が生き埋めにしろと言いまして!? この鹿っ!!》

 《お――……息が――……》



 「ごほん」


 後ろから聞こえた大きな咳払いに、ユーミリアはハッとして振り返る。


 「お父様っ!?」


 驚いた彼女は自分の手が鹿の首に添えられたままであることを思い出し、急いで手を離す。

 と、次に自分の頭に手を移動させ、頭部全体を覆い隠す。


 「……大丈夫だ。読んでおらん。だが、お前たちのやり取りは見ているだけで分かるがの。」


 そんな彼女を、父親は無表情で見下ろす。

 それから鹿にちらりと目をやると、父親は彼女に向き直って言葉を続けた。


 「“瓶”だがの。施設の建設に今しばらく時間がかかりそうだ。まだまだ製造までは辿り着かないであろう。今のうちに名一杯養生しておけ。」

 「予算がおりませんの?」


 ユーミリアは立ち上がると、父親に尋ねる。なるだけ父親と同じ目線になるよう、彼女なりに心掛けたのだ。


 「……。」


 彼女の問に、父親は答えなかった。


 「魔術団は騎士団の傘下。大きな経費には上の許可が要りますものね……。ですが!! 医療の繁栄のためには、研究の内容を明らかにしてでも、推し進めるべきです!!」


 彼女は力強く父親に進言した。


 「……。解っておる。だが、これが成功すれば我が魔術団が騎士団と並ぶ勢力になることは確実。ゆえに、騎士団は通さず直々に宰相殿に掛け合っている最中だ。すぐに許可は下りるであろう。今しばらく待て。」

 「“今しばらく”とは、どのくらいですの? 長く掛るようでしたら、それまでの間、下町で作らせて頂けないでしょうか?」

 「下町とな?」


 父親は眉間に皺を寄せた。


 「神殿での治療に、患者として吹きガラスの職人が来られてました。個人で工房を開いているそうです。彼には迷惑はかけれませんから、工房が休みの日、完全に隔離して研究を行うのはどうでしょう? 私の息がかかったガラスはすべて回収すればいいのですし。少しでも早く前に進むべきです!」


 ユーミリアは強く言い放った。

 父と娘はお互いの目をじっと見つめ合う。相手の胸中を探ろうとしていたのだ。


 「はあ。」


 目を反らした父親が、大きく溜め息をつく。


 「分かった。お前がそこまで言うのなら、考えてみる。だが、可能性は低いと思っておれ。」

 「……はい。」


 ユーミリアは父親の言葉に、ゆっくりと頷く。

 そして、彼女は大きく胸を撫で下ろしたのだった。


 《なんか大変なことになっておるの――。》


 突如、そんな暢気な鹿の声が、ユーミリアの頭の中に響く。

 (……しまったわ。思考を繋いだままでしたわ。)


 《ってか、吹いて瓶作れって、あなたも喘息持ちになに酷なことしいらせるのよ!!》


 ユーミリアは事の元凶である鹿に、逆ギレして食い掛かった。


 《もう大丈夫であろう。どうせ、そこいらの令嬢より肺活量があるのだろ?》


 そんな彼女に鹿は悠然として答える。


 《……否定出来ないのが辛い……。というか、なぜ私が瓶を作らねばならないの!!》

 《お前が治癒魔術を開発なんぞするからじゃ。》

 《私のせいか。……じゃ、なんで勿体ぶって今まで言わなかったの!? お父様を通して私に伝えれば良かったでしょ!! そうすれば、こんな頓挫することもなかったのよ!!》

 《それじゃお前に恩が売れんだろうが。》

 《はっ!鹿に恩は売っても売られたくないわ! 今回のことも恩を売ったなんて勘違いしないでちょうだい。相刹よ相刹。今まで私が貴方に施した治療と、今回のお告げは同じくらい価値があるわ!! あなたの事だもの、恩を売られたら最後、どんな見返りを要求してくることやら、分かったものじゃないわ!!》



 「…………。」


 一人と一匹の様子を傍観していた父親は、大きなため息をひとつ吐くと、踵を返し去って行った。


 「はっ!!」


 ユーミリアは父親を振り返る。


 「お父様!! 見捨てないで!!!」


 ……見捨てないで……見捨てないで……


 家の庭にユーミリアの声が悲しくもこだましていた。

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