06.宰相子息と結婚?
ユーミリアは日本人として生きていた頃、この世界の元となっているゲームを何周もプレイし、一通りとは言わず何通りもの攻略者全員とのハッピーエンドを堪能しきっていた。
ただ、マルコスルートの攻略は常に一番労を費やし、多くの時間を割いた記憶が彼女の中にあった。
前世の自分の名前すら覚えてないのに、そんなことはちゃんと覚えてるのよね――と、ユーミリアは自分の出来の悪さにに呆れて深く息を吐く。
マルコスを攻略するためには、好感度を上げるタイミングが大事なのだ。
彼女がハッピーと思えるエンドまで中々辿り着けなかったのは、それが原因だ。
ただし、単に高感度を上げるためなら、最も簡単なルートでもある。なぜなら、主人公が正体をばらすだけで良いのだ。
主人公は、ルートによってはエルフリード殿下と恋に落ち、婚姻を結ぶのであるから、かなり高貴な身分でないといけない。
そう、実は主人公の正体は王族なのである。
テンプレだが、一番頷ける設定なのだから侮るなかれ。
隣国の訳あり王女の落とし子、それがゲームの主人公の正体。そして、彼女をこの国で引き取れば、関税を安くする。それが隣国の出してくる条件なのだ。それは海に接していない我が国において、かなり魅力的な条件。だから、彼女はすんなりと殿下と婚姻が結べるのだ。
訳あり物件とはいえ、主人公の価値は絶大。
だからこそ、実利主義のマルコス様は、いち早く彼女の価値を見出だし、取り込もうとするのである。
ただ、マルコス様とエンドを迎えても、それがハッピーエンドとなる可能性がかなり低のは先程言った通りである。利益でしか価値が見いだせないマルコス様を、どう攻略するかによって、彼の真の愛を得られるかどうかが変わってくるのだ。
ユーミリアは家の庭から夜空を見上げる。
様々な光りの星が天上で瞬き、あたり一面を覆い尽くしていた。彼女が前世で見たことがないくらい本当に綺麗で、星屑を散りばめたという言葉がそのまま当てはまるような夜の空だった。
東の空に浮かぶ満月は大きく、彼女の頭上で優しい光を惜しみなく注ぐ。呆然と座りこむユーミリアにも勿論届き、彼女を柔らかい光で包み込んでいた。
(マルコス様のプロポーズ……あれは何だったのでしょう。)
ユーミリアは自分の身に起きた昨日の出来事を、じっと考え込む。
(ゲームをしていた私にも分かりません。治癒魔術の開発が私の価値を上げたのでしょうか?
マルコス様は、宰相様の息子ですもの、魔術団からの報告を知っていてもおかしくはありませんわよね。そしてこのタイミング。鹿のお告げがさらに私の価値を上げたのでしょうか?
それにしてもいきなりプロポーズだなんて。でも、それを受けたと言うことは、私は知らず知らずのうちにマルコス様を攻略してしまったのでしょうか?
……そこに真の愛が存在している気がしないのが、ゲーマーとしては悔しい限りですが。
ですが、あんな美形に愛してますと言われて嬉しくない訳がありませんわ!! 凄く幸せです!!)
ユーミリアは力強く頷く。
「あ゛!」
何かに気付いた彼女は、眉間に皺を寄せた。
(高等部にあがると、本来マルコス様ルートのライバルとなるべき人物が入学してくるではないですか!?
もちろん主人公もです。
このお二方がマルコス様の前に現れた時、私の価値は薄れてしまうのではないでしょうか!?
本来のライバルには、万が一にも勝てるかも知れません。
ですが、主人公には絶対に勝てない気がします。ゲーム補正が強いみたいですし、隣国の王族とか。
……またしても私は簡単に捨てられてしまう役なのですね……。
エルフリード様ルートとマルコス様ルートのライバル?を兼任しつつ、どちらにも選ばれない。
それが私!!
……っ!! そうですわ!! 今のうちに婚姻を結んでしまえばいいのではないですか!?
そうですわよ! 今すぐ彼を私に縛り付けてしまえば良いのですよ! 例え真の愛はなくとも、結婚生活で育めばいいのでは!?
ナイスアイディアです――。私、冴えてますね!!)
「フッフッフッフッフッフッ……」
彼女のつい漏れ出てしまった薄気味悪い笑い声に、ヒュンと鹿が短く鳴き声を合わせる。
ビクリと体を固まらせた彼女は、鳴き声のした方をゆっくりと振り返る。すると、すぐそばには口元をピクピクと小刻みに動かす鹿が一匹。
(……あ、そうでしたわ……。)
ユーミリアは顔を歪ませた。
ワンピースの裾をふわりと広げて庭に座り込む彼女は、読み取りの練習をするために鹿を傍に侍らせていたことを、すっかり忘れていたのであった。
(何でなのかしら。鹿さん以外の読み取りがなかなか完璧に出来ないのよね――。それもそうよね、鹿意外じゃ練習してないもの。って今も鹿で練習してるけど。)
ユーミリアはジト目で鹿を見つめる。
《娘。独り笑いは気持ち悪いぞ? 妄想は自室でやれ。》
そんな彼女に、目を細めた鹿がそう冷たくいい放つのだった。
ユーミリアは顔全体がピクピクするのを感じた。
「……コホン。」
ユーミリアは普段以上に淑女ぶろうと、姿勢を正して流し眼で鹿をチラリと見下ろす。
《鹿さん、私、ユーミリアって可愛らしい名前がありますのよ。》
《わしにも鹿ではなく、立派な名前があるがの。》
彼女の言葉に、鹿が間髪いれず反論をする。
《……。そういえば、名前教えて頂いては居りませんわね。で、あなたのお名前は?》
《……。》
鹿は今度は返答すらせず、黙り混んでいるようだ。
それを受け、ユーミリアはここぞとばかり、鹿に反撃をし返すのだった。
《教えられませんの? ですわよね!! 名前があるなんて嘘なんでしょ? そうでしょ? 嘘よね???》
鹿は静かに首をのばすと、何度も彼女のお腹に腹ドンをかます。
「イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……イタ……。」
《っもう! しつこいですわよ!! いちいち反応を返してあげる私に感謝なさい!! ほんとにもうっ。…………粘着質な殿方はモテませんわよ?》
彼女の言葉に、鹿が耳をピクつかせる。
《ふん、お前ほどではないわ。見たところ、お前の周りにはほとんど男が寄って来てはいないではないか。仕事場以外では男のおの字も匂わせん。》
「フフフフフ……」
彼女は不気味な笑みを浮かべた。
《よくぞ言ってくれましたわ! 私、実はモテますの。昨日も殿方に愛を囁かれて。》
「オホホホホ!!!」
片手を反対側の頬にあてたユーミリアは、顎をあげて高笑いをする。
《鹿さん、練習に付き合ってくれたお礼よ。一番に教えて差し上げますわ!》
彼女はスッと立ち上がると、片方の腕を天高く突き上げた。指先まで力強く伸ばし、空を見上げるとユーミリアは心の中で大声で宣言した。
《私、結婚します!》




