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02.記憶の内容

 エルフリードから逃げ出したユーミリアは、部屋から廊下へと勢いよく飛び出す。

 だがその場で、整然と一列に並ぶ軍隊に出くわしてしまい、彼女は思わず息を飲む。廊下には大きな窓が備え付けてあるものの、彼女が先程いた部屋よりも薄暗く感じられ、逆光で顔が暗くなった彼らはより一層ものものしい雰囲気を出していた。

 けれど、直ぐにそれは間違いであることに気づく。よく見れば彼らは軍隊ではなく、それぞれの家の使用人であり、おのおのの主が部屋から出てくるのを毅然と待ち構えていたのである。ユーミリアは、大きく胸を撫で下ろした。

 いつもは皆の後からゆっくりと退出する彼女は、その始めての威圧に若干引いたものの、久しぶりに走った高揚感がまだ体内に残っており、歩みを緩めることなく使用人らの前を走り抜ける。

 (レッドカーペットってこのくらいの厚さなのかしら……。)

 前世の記憶を思い起こしながら、彼女はその分厚い絨毯の感触を足裏で踏みしめていた。

 その時、ふと彼女の脳裏にあることがよぎる。現在の自宅にある、自分の部屋の絨毯がこれよりも薄いのだ。

 (お父様、ケチりましたの!?)

 彼女は、後で絶対にお父様を問いただしてみせますわ! と、その事を頭の中にしっかりと書き留めた。



 「お嬢様!!!」


 ふいに、彼女へと呼び掛ける声が廊下の後ろ手に響き渡る。

 ユーミリアの家の者、アーニャが彼女に気づき、慌てた様子でスカートの裾をたくしあげながら、必死に後を追いかけて来たのだ。


 「アーニャ……形相が鬼だわ……」


 真剣な様子の彼女に、ユーミリアは振り返ってポツリとそう呟くと、また前を向いて走り続ける。


 「お待ちください!!!」


 アーニャは叫んだ。

 まだまだちゃんと追いかけて来てるわねと、その後もチラチラとユーミリア後ろを振り返りつつもスピードは緩めない。そして、図書室に向け、彼女は十字路の廊下を左に曲った。

 彼女は頬を紅潮させ苦しそうにしながらも、目を生き生きと輝かせていた。久しぶりの運動を、心の奥底で噛み締める。何故なら、彼女は体が弱いことを理由に、激しい運動を二年前から止められていたのだ。

 (鬼ごっこ、サイコー!)

 彼女は無我夢中で走った。







 ブチブチブチ




 その時、大きな破裂音が彼女の周りに広がる。


 「なっ!なにが起きたの!?」


 彼女は肩で息をしながら急いで歩みを止めると、自身の服を見下ろし驚愕した。

 ワンピースのスカートの部分が縫い目の部分で破れ、下着が見えそうになっていたのだ。


 「っなんで!? 走った……だけなのに……ハア……ハア……ハア……それに……しても苦し……息が……しづらい……。」

 「お嬢様!!!」


 追いついたアーニャが、ユーミリアの腕を掴み、彼女もまた肩で息をしている。


 「ハア……ハア……アーニャ……服が破れてしまったわ……。」


 ユーミリアは、許してと、懇願の眼差しで彼女を見上げる。


 「当たり前です!! この服はまだ仮縫いの段階なんですから!!」

 「か……仮縫い!?」


 彼女は驚きのあまり、一度天を仰いだあと彼女に目線を戻す。


 「お嬢様、侮ってはいけません。うちの針子は超一流なんです! 仮縫いと言っても、そこらの本縫いよりしっかりしております!!」


 彼女は両手を越しにあてると、豊満な胸をつきだし自慢げな顔をユーミリアに向ける。よりによってなぜ殿下と会う時に仮縫いの服なの!? と、ユーミリアはアーニャを半泣きになりながらで見つめ返した。


 「いや、でも、仮縫い……。現にほつれましたし……。」


 アーニャは“甘い甘い”と言いたげに、自身の前で人差し指を立て横に振る。


 「本来は破れるはずはないのです。お体を悪くしてるのに、走り回るからです。旦那様に知れたら怒られますわよ?」

 「いや、走ったらほつれるって……。仮縫いで着せたあなたの方が怒られますわよ?」


 顔を近づけて来たアーニャに、ユーミリアは必要以上に目を丸くして見返す。


 「まあまあ、それは置いといて。 針子と医者を呼んでまいりますわね!! お嬢様は、図書室でお待ち下さい。破れを隠すためには壁際がいいですわよ?」


 彼女はウインクしながらそう言うと、繊細な装飾が惜しみ無く施された重厚なドアを軽々と開け、ユーミリアを図書室へと押し込む。



 バタン



 ユーミリアは独り、呆然と彼女の去ったあとを見つめていた。


 「まっ! いいけどねっっ!!」


 彼女の大きな呟きは、ひんやりとした石造りの図書室では思った以上に反響し、彼女の心をより一層虚しくさせた。

 ポツリと残された誰もいない図書室で、ユーミリアは律儀にも壁際に座り、針子と医者を待つ。

 

 「アーニャを待ってる訳では、ないのですからね。」


 と、彼女は誰に聞かれるでもないのに、言い訳をするのだった。







 「はあ……。」


 席に落ち着いたユーミリアは、大きなため息を一つ吐く。

 実は、彼女がここは乙女ゲームの世界かもしれないと、気付いたのは昨日なのだ。朝起きた時には、すでに前世の記憶が彼女の頭の中に蘇っていた。

 そのとき、彼女は気づいた。“エルフリード様に捨てられる”と。ゲームの中のユーミリアは、主人公のライバルキャラだ。巷で言う「悪役」という、ポジションと呼んでいいものか、ユーミリアは主人公に害をなす訳ではない。エルフリードのルートには、別に悪役がいる。“ナターシャ”という婚約者が。ナターシャは婚約者という肩書を武器に、主人公に執拗に嫌がらせをしてくる。

 それをのらりくらり交わしながら、エルフリードに近づいて行く訳だが、さすが王道ルート王太子殿下。敵は一人ではなかった。実は、エルフリードには大切にしている女性がいたのだ。

 それがユーミリア。彼女である。

 しかし、主人公が猛アタックを仕掛けるうちに、ユーミリアに対する想いは愛ではなく、親愛だとエルフリードは気付き、主人公とゴールインしてしまう。


 すがるユーミリア。

 後ろを振り返ることなく主人公の元へ駆けよるエルフリード。


 そのセル画が今でも鮮明にユーミリアの頭に蘇る。彼女はエルフリードにとって妹のような存在らしい。


 「私は捨てられるんだから……。」


 彼女は、ぼそりと呟く。

 (もしかしたら、ここはゲームの世界じゃなくて、主人公は現れないかもしれない。そしたら、私はエルフリードといつか……。)

 そんな希望がユーミリアの脳裏をかすめる。

 しかし、すぐにそれは直ぐに彼女の中で打ち消される。殿下の婚約者になるナターシャなら、すでに存在しているのだ。彼女は自分の浅はかな考えを自嘲する。

 ナターシャは、先ほどまで彼女と同じ部屋にいた。ローズ色の大きな瞳と豊かな髪を持つ少女。騎士団団長の娘ということもあり、彼女の周りにはいつも人が溢れていた。“太陽の娘”それが彼女の評判である。

 彼女がいるだけで周りの者は朗らかになり、自身はどんなときでも笑顔を絶やさないようなとても芯の強い、それでいて人懐っこい可愛らしい娘。

 (もし主人公が現われなかったら、きっとエルフリードはナターシャと婚約した後、そのまま彼女と婚姻を結ぶのでしょうね。だって……それが一番、この国にとって最善の選択なのだから……。)

 一瞬、この国の王が一夫多妻制であったら……などという思いが頭の中に浮かんだが、彼女は直ぐに首を降る。他の女性と夫を共有することは今の彼女にはとても考えられなかったのだ。



 コホン コホン コホン


 (それにしても……喘息も前世からのままね……。)

 苦しそうに胸に手を当てながら、ユーミリアは咳き込む。ゲームの中の彼女は“病弱”という設定だった。小さい頃から部屋に籠りがちで、その弱さが殿下の保護欲をそそり、親愛と愛を取り違えたらしい。

 (この喘息がそうさせたのかしら……。でもだからって、愛と家族愛を取り違えるだなんて……酷い人。)

 ユーミリアは小さく笑う。


 「体力づくりもしなくちゃね。部屋に籠ってばかりじゃ駄目……。強くならなくては。殿下に守られる存在になっては駄目なのよ。」


 彼女は自分に、強く言い聞かせたのだった。

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