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05.宰相子息の接近

 父の命を受けたユーミリアは、神殿から自宅へと帰途していた。

 途中、彼女の乗る馬車が急に速度を緩めたかと思うと、間もなくして完全に停車する。


 「どうされまして?」


 不審に思ったユーミリアは、自身の御者に訊ねた。機密任務のため、使いの者は誰も同乗しておらず、ユーミリアと御者の二人だけがその場に居合わせる。


 「お嬢、申し訳ありません。どうも馬の調整が上手くいっていなかったようで……。」


 馬車の前方に面した小窓から、御者がそう彼女に告げた。


 「あら、トニーにしては珍しいわね。」


 トニーは、彼女の祖父の頃から代々お世話になっている、御者一家の一人。ユーミリアの馬の管理はすべて彼に任されていた。彼女の知る限り、このような事態は今まで一度もなかったのだが。

 (どうしたのかしら……。)

 不安な気持ちを消し去ろうと、気分転換にユーミリアは車窓からそっと外を見渡す。

 まだ日は完全には昇り切っておらず、森の西側を並走している本通りは、昼前だと言うのに少し薄暗かった。

 このような状況下では、普段なら心地よく感じる爽やかな風も、今の彼女にとってほんのりと冷たい。

 寒気を感じたユーミリアは窓を閉めると背もたれに身体を預けた。馬車の外は旅日よりだと言うのにシンと静まり返っており、木々のざわめきだけが彼女の耳に届く。


 馬車が停車して数分後、遠くで馬の蹄の音が鳴り響く。その音は段々大さを増し、彼女の乗る馬車の真横で鳴りを潜めた。

 その馬は少し興奮しているらしく、ブルルと鼻を鳴らしているのがユーミリアにも伝わる。

 “手を貸してくれるのかしら?”と期待で身を起こした彼女は、すぐに体中に緊張を張り巡らせた。

 大きな音を立ち、いきなり馬車の扉が開いたのである。そこから外套のフードを深く被った人物が一人、彼女の馬車に乗り込んできた。

 ユーミリアはさっと前かがみに体制を整えると、魔術のベースとなる陣を目の前に浮かべる。

 だが次の瞬間、その侵入者は後ろ手にドアを閉めだし、即座に彼女の足元で膝をいて頭を垂れるのであった。


 「え!?」

 「ユーミリア嬢、ご無礼を申し訳けありません。」


 その聞き知った声に、ユーミリアは動きをピタリと止める。

 外套の男は、フードをさっと外すと、彼女を見上げ顔をさらけ出した。


 「マルコス様……!?」


 彼女は慌てて空を手で掃くと、陣に乗ってしまっていた魔力を蹴散らした。心臓は恐怖からまだ大きく鼓動しており、彼女は小刻みに震える手を押さえつける。

 それに気付いたマルコスは眉間に皺を寄せ、再度彼女に謝罪を申し入れる。


 「挨拶もなくいきなり押し入ったこと、突然の訪問で怖がらせてしまったこと、重々無礼を働き心よりお詫び致します。……許されることではありません。」


 彼が深く頭を下げる。

 ユーミリアは慌てて頭を左右に小さく振ると、安心させようと彼に言葉を掛けた。


 「マルコス様、大丈夫ですよ。だから、顔を上げてください。こちらこそ、陣を向けてしまって申し訳ありませんでした……。」


 彼女は気まずそうに、彼から目線を少し外す。


 「いえ、驚かせたこちらが悪いのですから、どうかあなたは謝らないでください。」


 顔を上げたマルコスは、そっと彼女の顔を覗き見た。

 彼の顔が急に視界に現れたことで、彼女は思わず目を丸くする。


 「まあ! マルコス様ったら、そんなに謙遜なさらないで下さい。ふふ。貴方様らしくありませんわよ? ……それはそうと、どうされたのですか?」


 ユーミリアは彼のいつにない慎み深さに戸惑うと、小さく笑い返すのだった。その様子を、マルコスはじっと心配そうに窺う。

 だがすぐに真剣な表情に変化させた彼は、強い決断の眼差しで彼女を見据える。


 「今日はあなたに、どうしても伝えておきたいことがあるのです。」


 マルコスは慎重に言葉を選びながら紡いでいるようだった。


 「はい。」


 ユーミリアもまた、改めて身を正す。


 「私は……。」

 「……はい。」

 「あなたのことを……。」

 「……はい。」

 「愛しています。」

 「……はい。……はい――?」


 ユーミリアは突然の彼の告白に、自分の耳を疑い、つい淑女らしからぬ語尾を上げての二度聞きをしてしまっていた。


 「私は幼少の頃より、あなたのことだけを想ってまいりました。」

 「へっ?」

 「ですが、ある誓約により、高等部に上がるまで、人前であなたに必要以上に話しかけることが出来ないのです。あと少し辛抱すれば、その誓約も無くなるのですが、あなたへの想いが溢れだしてしまってもう辛いのです……。ですので今日、こうしてあなたに無理矢理に時間を作って頂き、お伝えした限りです。どうか、この想いの存在だけでも、あなたの心に留めて置いては貰えないでしょうか。」


 間延びした返事をするユーミリアに対し、マルコスは自分の想いを淡々と彼女に告げていた。


 「……ご……御冗談を……。マルコス様、お戯れが過ぎますわよ?」


 意志を取り戻したユーミリアは、口元を隠しながらクスクスと笑ってその場を取り繕うとする。だが彼女の頭の中は、大嵐が荒れ狂っていた。

 (ギャ――――!! なんですのこれは!? どっきり? どっきりですわよね!?)

 彼女は胸で大きく深呼吸をする。


 「……冗談では、ないのです。」


 そんな彼の耐えがたいような苦痛の表情に、ユーミリアは思わず息を飲んだ。


 「マルコス……様?」 

 「お手間を取らせてしまって、申し訳ありません。……誰かに見られては不味いので、私はこれで失礼いたします……。」


 そう告げたマルコスは、馬車を降りると隣に停めてあった馬にサッとまたがる。そして、彼女に小さく会釈をするとすぐに走り去ってしまった。

 (ど……どうしましょう!! マルコス様を傷つけてしまいました!?)

 ユーミリアは彼を呼びとめる事が出来ず、車窓越しに彼の背を見送るのだった。


 (それにしても……ぐはっ……マルコス様に愛を囁かれてしまいました……。嬉しすぎて吐血してしまいそうです……。)

 自身の胸ぐらを握りしめたユーミリアは、苦しんだ表情で馬車の床に倒れ込むと言う“気持ちを身体で表現する表現運動”のようなものをして、気をまぎらわす。

 だが運悪く、それをトニーに小窓から覗かれてしまう。そんな彼が激しく焦り、馬車から落ちて大怪我をしてしまったのは、彼女に全責任があるのは言うまでもない。

 (治癒魔術があって良かったですわ……。)

 そしてその後、“マルコス様の策にトニー加担した件と、私がトニー怪我をさせてしまった件は、これで相殺よねっ!!”と、ユーミリアが彼を言いくるめたことは誰もが予想できたことであろう。

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