表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/73

04.鹿とお喋り

「クレメンス様、皆様どうされたのです?」


 ユーミリアが三日ぶりに神殿へ訪れると、討議が難航しているようで、会議室では皆が頭を抱えていた。

 入口に一番近い席に居たクレメンスの隣に腰を下ろすと、彼女はそう、そっと小声で彼に尋ねる。


 「おはよう。ユーミリア。体調は大丈夫かい?」

 「え? ええ。大丈夫ですわよ? 元々そんなに疲れていませんでしたのに、三日も休みを頂いて申し訳ないくらいです。」


 ユーミリアは朗らかな笑みを彼へと向けた。


 「そうか……。あまり、無理をしてはいけないよ?」


 クレメンスは切なそうに顔を歪める。彼があまりにも辛そうな顔をするので、ユーミリアは心を躍らせながら、小さな声で“はい”と答えるのだった。

 (キャ――!! 心配して貰えました! 私って罪作りです。病弱設定のおかげで、周りの人が温かいです――。)

 と、彼女は喜んだのだ。


 「それでは、今日はなぜ遅れたのだい?」


 (ぎゃふん!)

 彼の何気ない問いかけに、膨らみ切っていたユーミリアの心は一気に萎む。


 「そ……その……“寝坊”……です。」


 彼女は顔を引きつらせながら答えた。


 「寝坊とは珍しいな。」


 少し窘めるような口調ではあったが、彼の表情は穏やかであり、どちらかというと、からかっているようである。

 (わあ――。甘々です――!! やばいです――。嵌っちゃいそうです――!!!)

 ユーミリアは再び膨れ上がった気持ちのもと、にやけてしまいそうな顔をなんとか堪えた。


 「昨晩は、お父様に説教ならぬ猛特訓をこってりと受けていたのです。そのせいで朝が遅れてしまって……申し訳ありません……。それで、会議の方はどうなったのでしょうか?」


 ユーミリアはさっと話題を反らすと、二人はひそひそ声で会話をし続ける。

 (小さい声で喋らないといけないから、距離が近いです!! お父様、グッジョブです。遅刻してしまった私は反省ですが……。)


 「ここでの臨床段階は終了だそうだ。疫病が流行ったこともあり、功を奏してと言うべきか、陣の効能が街全体に行き渡ったらしい。街人全体が、病気になりにくく怪我が治りやすい体になったため、一旦終了することになったんだよ。」


 「え! そうですの!? 喜ばしいことではないですか!!! なのになぜ皆さん、暗いのです?」


 「次は“より多くの民に治療を受けてもらうには、どうするべきか”という、議題に入っててね。魔術師が国民全体を看る訳にもいかないし。ましてや、術を施すことも。我々の薬を使うにしても、どの薬がいいか、魔術師や薬師が診療しなくてはならないだろ? 民が城へ来るのは大変だし、われわれが各所へ廻るにしても、膨大な種類の薬を持ち歩く訳には行かないし。と言うことで、皆が頭を抱えているんだ。」


 「なるほどです。」


 彼の話しを聞いたユーミリアも、頭を抱えだす。



 《……いいものを。》


 「え? クレメンス様、何かおっしゃいました?」

 「いいや? 私は何も。」


 《さっさと読めばいいものを。》


 「……。」


 (今度ははっきりと聞こえたわ。)

 ユーミリアは声のしたほうを振り返る。

 (く……首が……鹿の生首が宙に浮かんでます!)

 その物体はユーミリアの気配に気が付くと、ぐるりと彼女に顔を向ける。

 (きゃ―――――!!!! って、え?)

 ユーミリアがよく見ると、それは窓から首だけを出した、いつも一緒に居る鹿だった。

 (……。……私としたことが!! こんなボケをかましてしまうとわっ!! くうっ!)

 ユーミリアは悔しさのあまり唇を噛む。


 「ユーミリア嬢? どうかされたのですか?」

 「あ、いえ、鹿が窓から顔を出していまして……。」


 《急に叫ぶでない!耳が痛いではないか!!》

 「……。」


 ユーミリアの思考に、またしても誰かの声が流れ込んできた。


 《まったく。こんなときに読まれるとは……。まったくタイミングが悪い奴よの。》


 ユーミリアは鹿に再び視線を合わせる。一見、普段と変わらない無表情の鹿だが、よく見るとこちらを蔑んでいるようにも、彼女には見えた。


 《……。あなた、ですわね。この暴言!! その蔑むような態度から確信いたしましたわ!!!》


 心の中で、ユーミリアは鹿に訴える。


 《はあ、仕切りなおしじゃ。初めの言葉はきちんとしたものにしたかったのだがの。あの、ぼんくら娘のせいよの。》


 鹿はユーミリアの言葉を気にする様子はなく、ひとり淡々と呟やく。


 《無視の上にまたしても悪口っ!! どこまで馬鹿にすれば気が済むのですか!!!》


 ユーミリアが“絶対切れてやる!”と意気込んだ時、綺麗な旋律の詩が彼女の頭の中に流れ込んできた。



 《

 そなたの力を多くのものが欲したとき、

 そなたの息を吹き込んだ、小瓶を多く造られよ。


 日が地より現れし頃、

 葉に集いし滴を小瓶に集めよ。


 日が天に昇りて、地に帰る頃、

 その滴を瓶と共に西に晒せ。


 そすればそなたの力、

 より多くのものに行渡るであろう。

 》



 凛とした鹿の佇まいがその旋律の素晴らしさを、さらに際立たせる。

 だが、ユーミリアはその鹿の顔が、どうしてもドヤ顔がにしか見受けられず、大きく引いた目で鹿を見ていた。


 《ユーミリア、聞こえるか?》

 《お父様!?》


 彼女の頭の中に、聞きなれた声が広がる。


 《お前の思考に入り込むのは始めてかの。先程の詩、お前を通して私も聴かせてもらった。これから、そこにいる長に伝令を伝える。お前は一旦その場を離れ、家へ戻れ。体制が整い次第、またお前の力を借りることになる。分かったな?》

 《はい。お父様。》


 ユーミリアは深く頷くと、クレメンスに向き直る。


 「クレメンス様、申し訳ありません。私、今日はこれで辞させて頂きます。」

 「……団長殿ですか?」

 「え?」


 クレメンスの言葉に、彼女は体を強張らせる。


 「ただの勘です。そんなに怖がらないでください。」


 苦々しく笑う彼は、彼女を愛とおしそうに見つめると、言葉を続ける。


 「また、一緒に仕事が出来る機会があるといいですね。」


 と。


 「クレメンス様、お仕事でご一緒出来なければ、もう仲良くお話することは叶わないのでしょうか?」


 彼の想いを受け、ユーミリアの口からつい、そんな言葉が溢れ出ていた。

 クレメンスは彼女の言葉を聞いて少し目を見開いたが、次第に嬉しそうに顔を崩した。


 「高等部に上がれば、外部生が大勢学園へ入ってきます。小中とクラスがご一緒することも多かったですし、そのよしみで、仲良くなってもおかしくはありませんよね?」


 彼がいたずらな笑みを浮かべる。


 「そうですわよね。」


 彼女もまた、笑みを浮かべ、しばし和やかな空気がニ人の間に流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ