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02.鹿と伯爵家次男

 「ユーミリア嬢?」


 背後から聞こえたクレメンスの戸惑う声に、ハッとしたユーミリアは、背筋をピンと伸ばして立ちあがる。

 そして、笑顔を作るとクルリと振り返った。


 「どうかしたのか? 落ち込んでいたようだが……。」

 「いえ……あの、思考を読み取る練習をしていて……。」


 戸惑いながら答えるユーミリアをよそに、その言葉を聞いたクレメンスの顔からは大きな笑みが溢れ出ていた。

 (ぐふっ! やはり、素晴らしい笑顔ですわ!! ゲームの中で、クレメンス様は【動植物に優しい主人公に不毛な恋を癒されて】惚れてしまうんですよね――。……そうです。ちょうど、私が読みとりの練習のためによく鹿と居るようになった一年前ぐらいからでしょうか、クレメンス様が私によく笑いかけてくれるようになったのです! 動物と話せるなんてメルヘンですわよね――。え? わざとではありませんわよ。クレメンス様の気を引くために、わざと動物仲良しアピールをした訳では断じてありません! “たまたま”動物と練習している所をよく見られてしまうのです!)

 と、ユーミリアは力強く自分に言い訳をする。

 (だって、クレメンス様お優しいのですもの……。少しくらいお近づきになっても、バチは当たらないわよね……。)

 ユーミリアは熱い眼差しをクレメンスに向けた。

 すると、クレメンスがそれに答えるかのように、さらに笑みを深めて彼女を見つめ返したのだ。

 (え!? クレメンス様、私のこともしかして……。)

 目を大きく見開いたユーミリは、自身の鼓動が強く打ち始めるのを感じる。


 「クレ……。」

 「本当に君は、動物に愛されているんだね。」


 彼は笑顔のままユーミリアを褒めたたえる。

 (ぐはっ……良心が痛みますわ……。動物をだしに使ったのが災いしてます。これで本当に仲が良かったら未だしも、そうではなかったのです……。死んでしまえと言われてしましました。)

 ユーミリアは咳き込むのを堪え、若干老けた表情で彼に微笑みかけた。


 「クレメンス様、勘違いなされていますわ。私、別にこの子と仲が良くはないのですよ?」


 (私も今さっき、気づかされました。私はそれなりに仲良しと思っていましたのに……。ですが、この子の気持ちは先程、よ――く、分かりました。私の練習に付き合って、ほんとヘトヘトだったようです。)

 と、今までの懺悔を兼ねて、彼女は彼に真実を語った。



 「わっ!!」


 急にバランスを崩したユーミリアは、仰向けに倒れ込む。

 だが、彼女が地面に打ち付けられることはなかった。クレメンスが彼女の両腕を咄嗟に掴み、倒れるのを防いだのだ。


 「大丈夫ですか?」

 「あっはい。ありがとう……ござい……ます。」


 彼女は顔を真っ赤にしながら、至近距離にまで迫った彼の顔を見つめる。


 「いえ、どういたしまして。」


 彼は優しく彼女に微笑みかけると、そっと立ちあがらせて彼女から手を離した。


 「ごめんなさい。急にどうしたのかしら。」


 ユーミリアは申し訳なさそうに俯く。


 「仲が良くないだなんておっしゃるから、鹿が怒ったのですよ。」


 クレメンスが優しく彼女に指摘する。彼の言葉を受けて後ろを振り返ったユーミリアは、倒れた原因に目を見張った。先程の出来事は、鹿がユーミリアの服を引っ張って起きた出来事のようだ。その証拠に鹿の口には、彼女の服の切れ端が挟まっている。

 ユーミリアは呆然とした。

 (……そんなに、私のこと嫌いですか?)

 と。

 だが、彼女がそんなことを思っているとは全く知らないクレメンスは、二人の様子を微笑ましく見つめていた。そしてあろうことか、彼は鹿の頭を撫でようと手を伸ばしたのだ。

 鹿は口からユーミリアの服を吐きだし、彼の手に噛みつかんとす。


 「おっと。そうでした。君はユーミリア嬢以外、受け入れないんでしたね。あまりにも仲良くしているので、つい、自分も受け入れられるのでは? と、勘違いしてしまいそうです。」


 クレメンスはいたずらな笑みを浮かべ、噛まれそうになった手をそっとしまう。

 (クレメンス様、無謀な! って私も受け入られていませんのよ!?)

 と、彼女は彼に訴えた。でも、盲目的に自分と鹿の信頼関係を信じている彼には伝わらないだろうと、ユーミリアは彼を説得するのを諦めた。それにその方が“彼が私に好印象を持つでしょう?”と。

 彼女は強かに笑う。


 「ん? どうかしたのかい?」

 「いえ! なんでもありませんわっっっ。あ、クレメンス様“一度はお聞きしたい”と思っていたことがあるのですが……。

 「なんだい?」

 「“精神魔術”についてどう思われます? やはりクレメンス様は……他の方達も皆、私のことを怖がっているのでしょうか……。」


 ユーミリアのあまりにも悲痛な面持ちに、彼は気まずそうに顔を歪ませた。


 「それは、その、言いにくいのですが……。そちらの団長殿は、それはもう恐れられています。精神を操られてしまうのですから。……ですが、その……ユーミリア殿、ゆっくり学ばれているため、大丈夫です! だれも恐れていませんよ!!!」


 彼は力強く言い放った。


 (……ゆっくり。オブラートに包んでくれたのですね。私が精神魔術が不得意で、学習能力が遅い、と。誰もがそう思っていると……。なんとなく気づいてはいましたのよ。だって、一年も真剣に取り組んでいるのに、未だに読み取りが出来ないのですよ。いいのですよ、そんなに優しくしていただかなくて。むしろ、その優しさが心を蝕みます―――。そうです、当初私は、その精神魔術の怖さから毛嫌いしている、と周りに言っていたのです。ですが、そうではなかったのです。本能で判っていたのでしょうね、精神魔術は私には無理だと。あれですよ、あれ。やれば出来るのよ? ただ、やりたくないだけ。と、高を括っていたにも関わらず、やったら全く出来なかったという痛い奴。そう、それが私なのです! でも、父上と約束したので途中放棄も出来ず……。頑張ったのに!! それなのに!! 死んでしまえと言われた、この敗北感。どうしてくれよう!!!)

 彼女は心の中で天を仰いだ。


 「コホン。それはそうと、クレメンス様、なにかご用があったのではないですか?」


 ユーミリアはさらに老けた顔で彼に笑い掛けなおす。


 「あ、そうでした。緊急会議がもうすぐ始まるので、呼んできてくれと言われたのでした……。」

 「あらあら、何があったのでしょう? 急ぎましょう、クレメンス様。ではまたね、鹿さん。」


 彼女は優雅に鹿に手を振ると、彼を伴い足早に鹿を背に神殿の一室へと急いだのだった。

 “殺されて成るものか……”その想いが、彼女の足を速くさせていたのは言うまでもない。

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