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04.伯爵家次男と女神

 「ユーミリア、わたくし隣の教室に用がありますの。着いてきて来て下ださらない?」


 ある日の放課後、親友のソフィーがユーミリアの手を引いて彼女を誘う。

 ふと、ユーミリアは教室の先へと目を向ける。

 そこでは、ナターシャとじゃれあうエルフリードの姿が確認できた。

 (今までは、ありがたいと思って気にしていなかったのですが、皆さん、私に気を使っていてくれてたのですね……。)

 クレメンスとのやり取りを得て、心に余裕が生まれたユーミリアは、周りの気遣いをきちんと理解できていた。


 「大丈夫ですわ。……ね?」


 ユーミリアはソフィーにいたずらっぽく目を細めると、明るく答えた。


 「え?」


 ソフィーは眉をひそめるも、心配そうにユーミリアの顔を見つめる。ユーミリアはなおも“大丈夫”と伝えるために、大きな笑顔を作るとソフィーに微笑み返したのだった。

 教室にはクレメンス様も居られるのだしと、ユーミリアは大きく胸を張る。しかも、彼が立っている位置は、ちょうどユーミリアとエルフリードを結ぶ直線上なのである。彼のお陰で、ユーミリアの視界には、彼らの戯れがあまり入らなかった。

 (わざわざ私のためにあそこに居てくれてるのかしら? 私の思いこみ? あ――、やばいですわ。あの方、優しすぎますわ!! 恋の痛手は新しい恋でないと治らないと言いますものね……。このまま、私はクラメンス様に恋をしてしまうのでしょうか―――? そして、主人公が現れて、あっさりと捨てられてしまうのでしょうか―――???)

 ユーミリアは途方にくれた。


 「ユーミリア!? 目が虚ろよ! やっぱり無理せずに隣のクラスへ行きましょう!?」


 生気の抜けた表情で立ち尽くすユーミリアを心配し、ソフィーは彼女の腕を大きく揺さぶるのだった。


 心配する親友達を何とか説得して帰したあと、ユーミリアは誰も居なくなった教室で、一人研究レポートを仕上げていた。

 家で書いていると、何処からともなく現れた父親がすぐ覗き込んできては、あれやこれやと口を挟んでくるのだ。

 太陽が地平線へと消える頃、暖かい黄昏色で染まった教室の情景は、ユーミリアの心を少し悲しくさせる。ほとんどの生徒が帰っているらしく、学校は普段よりもシンと静まり返っていた。

 やっとのことでレポートを書き終えたユーミリアは、それを両手に抱えて席をたつ。ちょうどその時、出入口からクレメンスが入ってきた。

 (あ……クレメンス様……。鞄を取りに来たのですね。……しっ知ってましたたわよ。クレメンス様の鞄がまだ教室にあることぐらい。でも、私が残ってたのは、レポートを仕上げるためですからね!)

 と、言い訳をしつつも、彼女はぎりぎりまで残っていて良かったと、心を弾ませる。

 (それにしましても、員長会でもあったのかしら、遅くまで大変ね……。薬師の研究もあるでしょうに。)

 自分の机へと向かう彼に、ユーミリアは遠慮がちに“お疲れ様です……”と、目配せをした。

 その目線に気づいたクレメンスは、他人の振りをするのはやめたのか、柔らかな笑みを彼女に向ける。

 (うわあ! かっこいいです!! 夕日に照らせれて、イケメン度200%アップ!? ……あなたの優しさは、偶然ですか? それとも……。)

 ユーミリアは彼を見つめる目をそっと反らすと、言葉を交わすことなく教室を後にした。

 彼女の心は温まり、満たされた気分でユーミリアは家路へとついたのだった。


 その二人の様子を、遠くの木上の影からじっと監視している者が居た。男は全身黒ずくめであり、その存在そのものを表してるかのごとく、名は影と呼ばれている者である。その人物は、現宰相の一族に代々遣える彼らの密偵であり、その存在を知るものは王族を含め、一部の上層部のみであった。

 その日の夜、定時報告で影から知らされた事実に、マルコスは怒りに肩を激しくふるわせる。


 季節が過ぎ去り、枯れ葉がハラハラと落ちる頃には、研究所へと治療に訪れる患者の数もだいぶ落ち着いていた。

 それに、陣の効能の効果が長時間持つように改良されたこともあり、ユーミリアは学校が休日の時のみ、下町の研究施設で診察を行うようになっていたた。

 当初は平日も休日も関係なく駆り出されていたため、ユーミリアは学校を休むことを余儀なくされていたのだ。しかも、休む際は“病欠”と届け出ていたため、彼女は、病弱設定回避できてない……と、人知れず涙を堪えていたらしい。

 治療施設の外はどんよりとした雲が空に流れているが、所々から光が漏れ出ていた。まだ、雨粒が落ちてくる気配はなさそうである。

 因みに、ユーミリアがこの施設の前で何気なく“ここって神殿みたいですわ”と呟いたことで、次に彼女がここを訪れた時にはすでに、表向きは“神殿”と呼ばれるようになっていた。

 これ以来、施設内で無闇に発言するのは控えようと、ユーミリアが心に誓ったのは言うまでもない。



 「ユーミリア様、クレメンス様、今日の診療はこれで終わりです。お疲れ様でした。」


 サポートに入ってい団員の一人が、そう告げる。ユーミリアは“ふ――っ”と一息つき、椅子に深く座り直した。

 (お昼前に終わるなんて、凄いですわ! 皆さま、本当に善くなってきたのですね。喜ばしいことです。)

 彼女が誇らしげに胸を張っていると、クレメンスが彼女の元へと歩み寄る。


 「今日も見事な陣の応用でした。私は薬師団に戻って、早速、今日の成果を報告してまいります。」


 と、声を掛けると、彼は熱い眼差しを彼女に向けるのだった。


 「?」


 ユーミリアはそんな彼に首をかしげる。

 (クレメンス様は、感情表現をあまりされない方だと思っていましたけど、そうではなかったですのね。一緒に時を過ごせば、彼の感情を読み取るなんて簡単なことなのに、それに気付かなかっただなんて……。彼、とても情熱的な素晴らしいお方ですわっ!)

 ユーミリアは彼を見上げると、微笑みかけた。


 「ユーミリア様……。」

 「クレメンス様、今日は一段と楽しそうですね。」

 「え……そう? でしょうか……。そういえば、今日は診療が早く終わったので、午後からは薬調合の研究会に参加して参ります。普段は時間的に参加できないため、それが嬉しいのかも知れませんね。」


 クレメンスは戸惑うも、そう優しく彼女に笑みを返したのだった。


 「まあ。良かったですわね。」


 (くう――!! やっぱり、かっこいいですわ――!!!)

 と、ユーミリアが表情に出さず心の中で独り悶える。


 「……。」

 「どうされました?」


 ユーミリアは無言で自分を見つめる彼に、疑問の目を向ける。


 「いえ。では先に失礼しますね。」


 と、クレメンスは少し悲しそうな表情を見せると、わき目もふらず早足に部屋を去っていった。

 (さっきの表情……気のせい? かしら……。見間違いよね? それにしてもつれないお方……。でも、それが彼の魅力ですものね!)

 頬を赤くした彼女は、彼の去った方を見つめる。


 「ユーミリア様、では私達も長官の所へ報告に行って参ります。」


 クレメンスが部屋をさった直後、部屋に残っていた団員達が彼女に声を掛ける。


 「はい。お疲れ様でした。」


 ユーミリアの笑顔の挨拶を合図に、団員達も部屋を後にするのだった。

 (さて……と。私はどうしましょう? これから何をしようかしら――。)

 一人ポツンと部屋に残され、急に暇をもて余したユーミリアは、椅子から足を投げ出した。


 ユーミリアは自宅の外壁に隠れ、少しだけ顔を出しながら家の庭を覗いていた。

 (気になって……私がいない間、あの子達がどうしていたのか気になって帰って来たものの……。)

 彼女は庭の中には入らず、ジト目でそこを眺めていた。

 庭には、彼女が以前に一日に治療していた数の十数倍もの動物が集まっていたのである。

 (は……繁盛していますわ……。医師がお母様に代わったら、患者が増えてます……。タダなので繁盛と言っていいのか分かりませんけど。)

 彼女は、なおも滅せぬ負の感情から目を細め、彼らをじとっと見つめるのであった。


 クイ クイ


 その時、ユーミリアは服の裾が引っ張られるのを感じ、足元に目を向ける。すると、彼女の靴のすぐそばでは、以前にお手をした狸が小さく座っていた。


 「え?」


 彼女が急いで庭の動物達に目線を戻すと、皆の視線が一様に彼女に集まる。


 「っ! あわ……あわ……わ……!!」


 彼女は狸にスカートを引っ張られるようにして、動物たちの前に引っ張り出される。


 「な……何よ……。」


 顔を引きつらせるユーミリアをよそに、立派な角を持つ鹿が、動物の群れからのそりと顔を出した。

 鹿は彼女に近づくと、口でユーミリアのお腹をぐっと押しこむ。


 「……。」


 (腹ドン……。またしても腹ドン……この意味は一体何なのかしら。)

 鹿を凝視するユーミリア。

 すると、周りの動物達が一斉に動き出した。


 「え!? え!? 何!?」


 戸惑う彼女に向け、動物達はみな、体の一部を突き出す。それは背であったり、頭であったり部位は特定していない。

 だが、狸はまた、腕を突き出していた。


 「う……。一体何なの!? 皆で私に自慢するために集まったの!?!?」


 ユーミリアは大きく肩を落とした。

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