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03.伯爵家次男とお仕事

 診察室では、ユーミリアが一人、ぐったりと椅子に腰を下ろしていた。

 先程、動物達を庭から追い払って廊下をウロウロしていたら、ご丁寧にもちょうど会った団員達にエスコートをされながら部屋まで戻されたのだ。

 なおも彼女の世話を焼くため、居座ろうとする彼らをなんとか追い出したユーミリアは、やっとのことで平穏を手に入れたのである。

 (今日の私って、追い払ってばかり……。バードパトロールにでもなった気分ですわ。それにしても、皆さまの態度がおかしいような……。お父様から何かしらの伝言があったのかしら? 朝は普通に接してたわよね。お父様の部下だからって、そんなに気を使わなくても結構ですのに……。)

 まるで王女を敬うかの如く、丁寧に接するようになった彼らの態度の変化に、ユーミリアは戸惑いよりも、疑念を感じる方が大きかった。


 ガタンっ!!


 突如、部屋の奥から、何かが勢いよくぶつかった様な大きな音が聞こえる。

 奥にはベッドが備え付けてられており、今はカーテンが引かれた状態で、中の様子が彼女の所からは全く窺えない。

 (もしかして、こんなところにも動物が入り込んでるの!?)

 彼女は慌てながらも忍び足でベッドに近づくと、そっとカーテンの隙間から中の様子を窺うのであった。


 「っ!!」


 彼女は思わず息を飲む。

 目の前のベッドで、彼女のクラスの学級委員長が、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていたのだ。

 漆黒の髪に深い黒目、それが男としての芯の強さを現わしているよう彼は、とても正義感の強い人物であった。普段から無表情で、彼のたまに見せるやさしい笑顔は、学園中の女性が虜になっているらしい。

 彼に驚いたユーミリアは思わず後ずさる。しかし、次の瞬間、彼女は足を滑らせ後ろから倒れそうになってしまっていた。


 「あっ、キャ――。」


 シャー ガタ ガタ


 彼女はカーテンを引き、大きく音を立てながら倒れ込む。

 だが握っていたそれのお陰で、頭を打たずにすみ、ユーミリアは大きく息を吐くのだった。

 (はっ! 委員長は!?)

 彼女は慌て彼の状態を確認する。

 だが彼は静かに寝息を立てたままであり、全く起き出す気配もなかった。余程、熟睡しているのだろうか。

 (よ……よかったわ、起きなくて……。彼、同じクラスでも話したことなかったから……全く関わりがなかったから、安心してましたのに。どうして攻略対象の彼がここに居るんですか――!? こんなところにねじ込んで来るとは……ゲーム開始まであと三年弱。何か“見えない力”を感じますわね。)

 ゲーム補正力の強靭さにわざとらしくおののいていたユーミリアだが、すぐにあることにはたと気づいて焦り出す。

 (と、いうか私、魔術団の秘密任務中よ? 委員長、ここに居ていいですの?? ゲーム補正さん無理やりねじ込みすぎです!!)

 彼女は焦りだした。


 バタンっ


 その時、部屋の扉が勢いよく開く。


 「ユーミリア様! 薬師の方がもうすぐ来られると思うのですがっ!!」

 「えっ!?」


 扉を開けた団員が、彼女にお知らせすることがあるのですと、意気揚々と部屋の外から声を掛けたてきたのだ。

 焦ったユーミリアは、委員長を隠そうとカーテンに手をかける。だが、時すでに遅く、団員がじっと委員長を凝視していた。


 「えっと……彼は……。」


 ユーミリアは頭をフル回転させ、言い訳を考える。

 (なんで私が気を付けないといけないのかしら。ゲーム補正さん、ここは側に居ても気づかないとか、まやかしの術を発動してくれなきゃ!!)

 ユーミリアは、心の中で強く訴えた。


 「あ……すみません、もう来てましたね。すぐに起こしますね。」


 そんな彼女の思いは露知らず、団員は少し残念そうな顔をするも、不振がることなく委員長に歩み寄る。


 「え……。」


 ユーミリアはことの次第を呆然と見守った。

 彼の背に手をかけた団員は、朝ですよ――と強制的に彼を起き上がらせる。

 起こされた委員長は眠たそうにしながらも、ベッドの脇にビシッと立つと、深く頭を下げたのだった。そして、彼はお腹から声を出す。


 「今日からよろしくお願いします。ウェスリー伯爵家、次男にあたります、薬師のクレメンスと申します。」


 と、丁寧に挨拶をしたのだった。


 「っ!!!」


 ユーミリアは叫びたい衝動をなんとか堪え、淑女らしい笑みを強制的に顔に張り付けた。


 彼女は後で知ったのだが、どうやら薬師が一人、ユーミリアに付くことになっていたらしい。実は、魔術陣と薬調合の化学式が似通っていることが最近発見されたらしく、新薬の開発のためにぜひ陣の効能をこの目で見たい、と薬師団のほうから打診があったのだ。


 挨拶が終わると、クレメンスはすっと顔をあげる。すると、目の前にユーミリアが居ることに気付いたのか、驚きから少し目を見開いた。

 (あら。先程は寝ぼけていて、こちらをよく見ずに挨拶をしましたのね……。)

 彼の間抜け面に笑いそうになったユーミリアもまた、膝をおって彼に深々とお辞儀を返したのだった。


 「宜しくお願いします。ユーミリアです。ご存じの通りあなたのクラスメイトですわ。でも私、同じクラスなのにクレメンス様が薬術を専攻しているとは、知りませんでした。」


 ま、話したことないしね――と、ユーミリアは彼に優しい頬笑みを向けた。


 「私も知りませんでした。治癒魔術の開発者があなただったとは……。でも安心して下さい。これでも上位の薬師なんです。あなたにご迷惑はお掛け致しません。」


 クレメンスは真剣な眼差しでユーミリアを見つめる。

 (う……かっこいい……。ではなくて!)

 彼女は軽く咳払いをして自分を叱咤した。


 「コホン……。クレメンス様、上位薬師なんですね。私と同じ歳なのに凄いですわ!」


 ユーミリアは彼を誉め称える。

 (だって、薬師の上位って、たしか国で数十名しかいなかったはずよ!? それを13歳の子がなるなんて。……あれ? このかたゲームでそんな設定ありましたっけ?)

 ユーミリアは前世の記憶の中へと意識が飛びそうになったが、クレメンスの声ですぐに引き戻された。


 「ユーミリア嬢も、試験を受ければすぐに上位の魔術師になれるでしょうに。ご謙遜を。」


 と、彼が昇進を進めて来たのだ。


 「え!? いえ……そんなことは……。」


 ユーミリアは彼から気まずそうに目を反らす。

 (言えませんわ……。私すでに上位魔術師なんです。名前だけですが。だって、試験は受けてませんの。なのに上位の所に名を連ねてるのです! きっとお父様のコネよね。)

 ユーミリアは、きちんと試験を受けて上位を取得したクレメンスに対し、申し訳なさから体を小さく丸めたのだった。



 「ユーミリア様、そろそろ開始時間なのですが、宜しいでしょうか?」


 クレメンスの様子を妬ましそうにじっと伺っていた団員が、痺れを切らしたのか、彼らの会話を遮るかのように声を掛ける。


 「え? ええ、勿論です。大丈夫ですわ。ありがとうございます。」


 手間を取らせてしまった事に謝罪の意をこめて、彼女は団員に優しく笑いかけた。すると、団員は嬉しかったのか、意気揚々と患者を呼びに診察室を飛び出して行く。

 そんな団員の後ろ姿を、クレメンスはじっと静かに窺うのだった。



 その日の患者の診療がすべて終わったのは、日も暮れてしまった後だった。ユーミリアはベッドの脇で立ったまま一息吐く。すると、そこへクレメンスが歩み寄ってきた。


 「ユーミリア様、お疲れではありませんか?」


 彼は優しくユーミリアに声を掛ける。

 サポートに入っていた団員は長官の元へ報告に行ったようで、診察室内にはユーミリアとクレメンスの二人だけが残されていた。


 「そうですわね……。最初から多くの患者さんを看すぎましたでしょうか? ごめんなさい。クレメンス様は調査表も書かなくてはならないのに、サポートのお手伝いまでして頂いて。次回からは時間配分に気を付けますわ。」


 彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべると、彼に謝罪を入れる。そんな彼女を、クレメンスはじっと見つめた後、何を思ったのか、軽々と彼女を抱きかかえ上げた。


 「え!?」


 ユーミリアは目を丸くする。

 (お……お姫様抱っこですか―――――!? なぜ!? 何故にいきなりお姫様抱っこですの!? 近いんですけど……いろいろ近いんですけど……。)

 彼女の頭の中は、混乱していた。


 「謝らないでください。仕事ですから、忙しくても全く気になりません。むしろ、もっと私を酷使していただいても大丈夫です。ですから、ユーミリア様はあまり無理をなさらないで下さい。そちらの団長に言いつかっております。体を壊さぬようにみといてくれ、と。もう立つのも精一杯なのではないですか? これでは私の顔が立ちません。このまま近くの休憩所まで運ばせて頂きます。」


 クレメンスは事務的にきびきびそう答えると、彼女を抱えたまま歩き出した。

 (真面目な所も素敵ですわ! それにお姫様抱っこ! 前世でもされたことありません!! 嬉しです――。人生初のお姫様抱っこをイケメンにして貰えました――。あ……でも、いいのかしら。淑女がはしたなくない? お父様に見られたら、怒られそうな気がするのですが……。)

 ユーミリアは自問自答した揚句、やっぱり降ろしてもらおうと、戸惑いながらもクレメンスを見上げる。

 (うお……顔、近っ。やばい、超男前。イケメン過ぎますわ――。あ……私、鼻血出てない??? なんか鼻の中でツツーと来るものがあります。これが、鼻水だったら余計恥ずかしいですけどね!!)

 と、不安になって体を強張らせた彼女は、そっと鼻で息を深く吸い込んで、鼻の中の内容物を押し戻た。


 「……どうされました? 心配しなくても大丈夫です。こうみえても腕力はありますから。」


 ユーミリアの体が急に固くなったことに気付いたクレメンスは、前を向いたまま彼女に力強くそう告げる。


 「あ……いえいえ、心配はしておりませんの!! その……申し訳ないとは思ってはいるのですが……。」


 (そうです! 誰も鼻水の心配などしておりません!! それにしても、さっき息を吸ったとき、あまーい香りも一緒に吸ってしまいましたわ……。あれはクレメンス様の匂いでしょうか……はあ。いい匂いです――。)

 ユーミリアは彼の腕の中で、身を捩らせた。


 「“でしたら”体の力を抜いてください。運びにくいですよ。」


 そう冷たく言い放ったクレメンスだが、ユーミリアを見下ろす目は悪戯っぽく、口角も両方とも持ち上がっていた。彼なりの冗談だったようだ。

 だが彼が笑ったのも束の間、次の瞬間にはまた元の真面目な表情に戻り、まっすぐと前を向いてしまう。

 (きゃ――――――――!!! 笑いましたわ! クレメンス様の貴重な笑顔、頂戴いたしました――! 羨ましいですわ、主人公。このかたのルートに入ったら、でろっでろに甘やかされるのですものね!!)

 ユーミリアはクレメンスと主人公が頬笑み合ってる姿を前世の記憶から引っ張り出し、今度は体を捩らないようにしながら、独り悶える。


 運ばれた休憩室には誰もおらず、手近にあったソファーにユーミリアはそっと降ろされた。クレメンスは彼女の向かいの席に腰をおろす。


 「大丈夫ですか?」


 彼は再び彼女に問いかけた。


 「はい。皆さん、元気になりたい、以前のように戻りたいと頑張っておられますから。私が弱音を言っていては……。」

 「いえ……そうではなくて。辛いことがあるのではないですか? それを忘れようと、仕事に根を詰めているような気がします。」

 「え!?」


 クレメンスの真剣な表情に、ユーミリアは戸惑いを隠せなかった。


 「いえ。学園の女生徒の九割は嘆いておられますから。最近の殿下とナターシャの仲の良さに。あなたも違わず、気を落とされているのではないかと。」

 「違いますわ! 私は残りの1割です。本当に心から応援していますのよ。」


 ユーミリアはにこやかに笑った。


 「強がらなくても良いのですよ? ここは学園とは違うのです。ましてや、機密任務の最中。誰にも見られることも咎められることもありません。」


 クレメンスはじっと彼女の目を見据える。


 「クレメンス様……。優しいのですね。」


 心が少し動いたのか、ユーミリアは涙腺が緩むのを感じた。


 「仕事仲間である以上、学校であなたに話掛けることは出来ませんが、同じクラスです。私はいつもあなたのすぐ傍に居ますから。」


 無表情だがその真摯な眼差しが、ユーミリアの心に突き刺さる。

 (も……悶えていいですか? 私、ここの床で身も心も悶えたいんですけど――――! さすが攻略対象。なんて出来た性格なのでしょう! かっこよすぎますわ。こんな素晴らしい人達を、主人公は次々と落としていくのですね――。羨ましいですわ――。逆ハーエンドだけは迎えて欲しくないですね。誰か一人、私に譲ってくださ――い。)

 ユーミリアは天を仰いだ。

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