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02.神殿と女神

 ユーミリアは、とある施設の診察室のような一室で、緊張しながら患者が来るのを待っていた。

 今日から臨床試験が開始される予定なのだ。

 石造りで出来た施設は下町の外れに位置しており、壁は大きな石を綺麗に削っては、ひとつひとつ丁寧に積まれて造られたのであろう。重厚かつ繊細な造りでユーミリアを圧倒した。

  施設の周りはぐるりと庭で囲まれている。燦々と輝く太陽の下では青々とした芝が繁り、まるで昼寝をしろと言っているようなものである。

 先程まで彼女も、“こんな時でなければ、芝生に走ってダイブするのに!”っと悔しさを滲ませていた。

  庭の周囲は更に大きな木々で囲まれていた。大木はお互いにひしめき合っており、その整然とした雰囲気は異様な空気を漂わせていた。

 (ここって聖地みた――い。この建物で勇者が聖水とか貰ってたりして。命の水をそなたに捧げよう――。みたいな? あは。ん――それにしても、まだ始りませんのかしら。)

 なかなか患者さんが来ませんわね。と、壁際に立って石と石の継ぎ目を観察していたユーミリアだが、ふと目を向けた窓の外で黒い影が動く気配を感じ、彼女は庭の一角に視線をずらす。


 ゴホンッ ゴホンッ ゴホンッ


 (しまったわ……唾が気管に入ってしまいましたわ……。)

 むせから俯くユーミリアは、そっと体を起こす。そして、窓枠に隠れながら先程目にした黒い塊に、じとっと視線を這わすのだった。

 ユーミリアの見つめる先には、庭で堂々と寛ぐ種の違う動物が四、五匹程いた。

 (あの態度のでかさ……私の患者の類友の匂いがしますわ……。)

 ユーミリアは、嫌な予感がするわ……と思いつつも、動物の集団に近づくことを決意した。

 (まだ、当分、患者さんが来そうにありませんしね。)



 「あなたたち……ここで何をしているの?」


 動物らの脇で、腰に手を当てて仁王立ちをするユーミリアは、彼らを見下ろしながら顔をひきつらせる。人間であるユーミリアが近づいても、彼らは逃げるどころか気に掛ける様子すらなく、なおも腹を見せて悠然と寛いでいるのだ。

 (この舐めきり方、完全に私の患者だわ!!)

 ユーミリアは無念……と、心の中で項垂れる。


 「お仲間に聞いていなくって? 私、今、あなたたちの治療は休業中なの。」


 それを受け、狸が一匹のそりと起き上りだした。


 「……え?」


 その狸は片前足を一本、彼女に突き出す。

 (またクレーマー?? 狸を治療した覚えはないのだけれど……。)

 ユーミリアは訝しみながらも膝を折り、出された腕を入念に観察した。


 「ん――……。」


 じっと腕を見ていたユーミリアは、なんとなくその狸の手の下に自分の手のひらを上を向けて添えてみる。


 「お手。」

 『…………。』


 彼女は狸としばし無言で見つめ合う。


 「ご……ごめんなさい……。なんとなく、つい、よ。そんなに睨まないでよ――……。」


 ユーミリアは背中から汗が大量に吹き出すのを感じながらも、笑顔を取り繕い、そっと自分の手を後ろへと引っ込めるのだった。


 「あはははは……。」


 (気まずいわ……。それにしてもこの子達、何しに来たのかしら。)

 もう一度、威厳を取り戻そうと背筋を伸ばしたユーミリアは、気を取り直して突き出されたままの狸の腕を観察し直す。


 「えっ!? 魔力の流れを感じるわ……。」


 ユーミリアは今一度、その腕をじっと凝視した。


 「やっぱり……治療した跡がありますわ!! もしかしてお母様に治療してもらいましたの?」


 狸の目を見つめていたユーミリアだが、もしかしてこの子達全員治療した痕があるのかしら? と、彼女は他の動物達の体も汲まなく調べる。すると、そこに居るすべての動物に治療を施した跡があったのだ。

 彼女は感嘆のため息をつく。


 「さすがお母様! 凄いですわ!! 傷跡がほとんど分かりませんわ――!!!」


 ユーミリアは手を胸に当て、さすがお母様!! と感銘したところで、彼女ははたと気づいた。


 「あなた達……。もしかして……自慢しに来たの!? 自慢しに来たのね!!!」


 ユーミリアは肩を小刻みに震わせると、彼らにそう言い放った。


 「どうせ私は下手くそですよ!!!!!」


 (まあっ! 本当にこの子達は何なのかしら! 私の知らない動物まで、私を馬鹿にしにわざわざ此処まで来るなんて!!! 私……舐められ過ぎてますわ……。)

 ユーミリアは今度は本当に、ガクリとうな垂れたのだった。



 研究施設内にある、ユーミリアのあてがわれた診察室とはまた別の一室で、今回の臨床試験の責任者が大きくため息をついていた。白いひげで口全体を覆い、胸の辺りまでたらす様は、その人物の威厳をより一層高める。


 「長官、今一度、民の説得に!!」


 皮で造られた椅子に深く座っている責任者の傍らで、彼の部下であろう人物が、説得しようと何度も彼に進言する。


 「分かっておる。今、向かおうとしていたところだ。」


 長官はやっとのことで重い腰を上げると、大広間へ向かうためにと部屋から外へ足を出す。

 臨床試験にあたり、住民へ何度も事前説明をして了承を得たと思っていたのだが、実際に実行となると躊躇する者が後を絶たなかったのだ。

 (これからと言う時に……しかたのないの……。)

 長い廊下を突き進むと、彼の前に大広間へと繋がる大きな扉が現れた。側近の者が扉を開き、彼の入室を促す。

 足を踏み入れた長官の前には、百人近い下町の住人いた。だが、彼らの様子に、長官は思わず目を見張る。

 部屋に居るほとんどの人が、代わる代わる窓の外を見ては、何かしら声を上げていたのだ。


 「少し、通してくれ。」


 何事だと不審に思った長官は、人ごみをより分けながら窓へと近づく。そして、彼らの見ていたほうを凝視したのだった。


 「なんてことだ……。」


 彼から落胆の言葉が溢れ出る。

 長官の目線の先には、動物に囲まれているユーミリアの姿が写ったのだ。

 (魔力は動物に使わず、人間にとっておいて欲しいのだが……。はあ。あの子についても、ついでに住民達に説明をしておくかの……。治療を行うのがあの年若いおなごだと知ったら、余計に反発しそうだ……。だが、これを丸め込むのが私の仕事だからの。)

 長官は大きく息を吸い込み、住民に声を上げる。


 「皆のもの! 聞いてくれ。あそこにいる人物が、今回、治療に当たる者だ。心配に思う者や、不安に思う者も……。」


 「あの子が!?」


 長官の声を遮るかたちで、住民が声をあげた。


 「あの子が治療してくれるんだとよ!」

 「すげ――な――。」

 「あの方と直接お話が出来るのですね!!!」


 ユーミリアを評価する住民の声色が、否定的ではなくむしろ友好的であることに、長官は戸惑いを隠せなかった。


 「どうしたのだ? いったい……。」


 「女神様が治してくださるそうだぞ!」

 「私たちは幸せ者ね!」

 「おお、神のご加護だ!!!」


 「動物に愛される慈悲深い女神に感謝を!」



 住民たちは大きな歓声を上げていた。

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