戦後の愁い
緑の都と称されるこの町が、東雲正志には歪に見えた。永い間続いた戦争による自然破壊は、取り返しのつかない状態まで緑を破壊し、人の血を啜って赤く染まった大地だけが残された。それを人間の手で元の姿に戻したのが、東雲が三十九歳の壮年の頃である。
それから二年。久々に訪れるこの町は、以前よりも空気が澄んでいるように東雲は感じた。人工の樹木は天然の樹木の見た目だけでなく役割までも再現し、人間の技術の進歩は戦争を経験した事によって飛躍した。それは自然の摂理であり、技術の発展の裏には争いが付き物なのだが、東雲の心中には何かが痞えているような、そんな感覚が今も続いている。
人工樹に囲まれた東雲の周囲には独特の空気が漂い、それは人工樹が齎すモノだと実感するまでの数秒、瞳を閉じた東雲の聴覚は風のささめきを感じ取った。そして瞬間に胸の痞えの正体に気付く。自然の風には命がある事に――
勿論、人工樹は光合成を行うように造られている。しかし、手を触れれば分かるのだ。手を添える東雲の掌には、冷たい感触と無機質な悲しさが粘ついた。それは、命という尊い物を奪った報いなのか。血に塗れた東雲の掌は、目の前に何かが存在するという事実だけを感じ取る。そこに命の息吹は感じられなかった。
「これが代償だと言うのなら……」
それは一瞬の事である。戦時中、幾人もの人間に向けて引き金を引いた両手を握り締める東雲の表情は、過ぎ去った過去を悔やむ悲しみの色を湛えていた。時の流れが今を過去に変えるように、東雲の表情も後悔から決意へと変わっていく。引き結ばれた口元に東雲本来の温厚さは無く、どこまでも暗い闇が広がっている。厳格さを増幅させる縁無しの眼鏡の奥では、決意を秘めた瞳が遥か彼方を見据えていた。
こんな掌編小説を読んでいただき、ありがとうございます。
あらすじにも書きましたが、この作品は連載という形で再投稿する可能性のある小説です。皆様の反響次第だと思いますが、もっと読みたいという方はKENに何らかの形で訴えて頂ければ幸いです。
心からお待ちしております。
それでは、また会う日まで――KEN






