あらびっくり、意地悪な老婆に見える呪いをかけられました
「きひひひひ・・・呼ばれたからね、アタシの婿を迎えに来たよ」
ポメルニア王国の王城にある広く立派な謁見の間は、多くの貴族が集まっているというのに、一人の老婆の登場で、水を打ったように静まり返った。
玉座に座る国王の御前に、よぼよぼの、ひどく意地悪そうな人相のおばあさんが立っている。しかし、腰が大きく曲がり、自然と頭を下げているように見えるからか、誰も国王に対して非礼であると言えずにいた。実際は頭を下げているわけではなく、ただ立っているだけの状態なのだが。
国王が口を開く。
「そなたがまことに、大いなる魔女、アリシア様のご息女、ベリンダ嬢でいらっしゃるか?」
国王の戸惑い震える声に私は頷き、しわがれ声で返事をした。
「ああ、ほれ、招待状は持ってきておる」
歩くときの杖として使っていたものを、正しく魔法の媒介として使い、こつんと軽く床を突く。
空中に招待状を浮かび上がった。
そこには国王の自署と王家の印が押されていて、周りの貴族がざわめく。
「不思議なことにな、この招待状を開いた途端、このような呪われた姿になってしまったんじゃ」
私はそう説明し、がっかりしたように肩をすくめてみせる。それに国王は「何ということだ!」とショックを受けた。
私の前には、悲痛な表情の国王夫妻と飛びぬけてイケメンな騎士、そして、ニヤニヤと笑うお姫様がいた。
あらあら、この様子ではお姫様は犯人側ね。
「お父様!凶悪な魔物から王都を守ったアランの功績に対する褒章が、魔女様のご息女との結婚であったはずです。魔女様が素晴らしいのは存じていますが、このような年配のご婦人を娶らせるなんて、それは褒美と言えますでしょうか?」
お姫様はそう言いながら、無表情でそこに立ち続けているアランと呼ばれた騎士をうっとりと見た。
いや、呪ってきたのあなただけどね。とはいえ、あれだけ複雑な呪いだ。こんなただの人間のお姫様には無理だろう。魔力が足りなさすぎる。
いけにえに、何十人・・・いや、何百人集めたの?
(今日この場に、大いなる魔女が来ては、困る者がいたわけね。)
魔女の加護は国にとって大きな意味を持つ。加護を持てるかどうかで、国王の持つ政治的な力が大きく変わるほどに。何せ、魔女の力は強大だ。人間には畏怖でしかないが、魔女は友人となった国王にだけ、力を貸す。どうやって友人になるかは、国王にかかっている。どうしたって魔女は気まぐれだ。
得ようと思って得られる加護ではない。
とはいえ、国を救った英雄。それもこれだけの美丈夫ならば、美しいものを好む魔女が心を動かすかもしれない。
だからこそ、魔女がこの場に来られないように、呪いを仕込んだのだろう。
意地悪な老婆の姿になれば、魔女は今日、この場に来ないに違いない。
魔女は美しさを最も愛するからだ。
美しさは魔力の高さの証。
そこから大きく逸脱した姿ならば、国王の招きを無視すると思ったのだろう。
そして、国王の発言力を封じ込める。
(この王を傀儡にし、実権を握ろうとしたのは誰なのかしらね)
私がそんなことを考えている間に、お姫様は国王に「これではアランが可哀想だから、私の騎士となる褒美を与えてはどうかしら!」と、交渉している。
ふふ、そう。お姫様はそんなにこのアランがお好きなのね。このお姫様ならば、さぞ騙しやすかっただろう。なかなかこの国も面白いことになっている。久しぶりに来た人間の国は、やはり退屈しない。
「きひひひひ・・・」
つい笑いが漏れると、見た目に応じた笑い声や言葉に変換される。なかなかよくできた呪いだ。
集まった貴族たちは、アランに対して憐れだという視線を向ける者もあれば、面白い見世物が始まったという笑顔を隠さない者、そして、国王がどうするか様子を伺う者と様々だ。
しかし、その中で動いたのはアランだった。
私の側に来て跪く。そうすることで、おばあさんになった私と無表情のまま視線を合わせた。
「大いなる魔女、アリシア様のご息女、ベリンダ様。私はこの国の騎士、アランと申します。お会いできて光栄です」
アランの挨拶に、貴族たちがひそひそと笑い合う。家名を名乗らなかったのならば、平民の出なのだろう。
平民の癖に、大きな手柄を立てたアランへのやっかみと、しかし、現れた結婚相手である魔女の呪われた見た目に、楽しくて仕方ないと言ったところか。
アランの感情が乗っていない瞳には、濃い影がある。
こういう目の人間はよく見かける・・・・奴隷市の檻の中で。
「きひひひひ・・・なんて素敵な騎士様だ。アタシはベリンダ。ポメルニア王国の国王が結婚相手に英雄をくれるというので、貰いに来たんだよ」
貴族たちが楽しそうに口の端を上げる。
平民の分際で英雄となった男が年老いた魔女に跪き従う様子に、貴族はせせら笑う。私はこつりと杖を突き、魔法を少しだけ使って、アランだけに聞こえるように言った。
「嫌でないなら、あなただけ私の領域に連れて行く。どうする?」
私の本来の声が聞こえて、アランは目を見開いた後、躊躇いなく真剣な顔で頷く。
それに少し胸が痛んだ。
(そう、あなたはここに、手放したくないものが何もないのね。家族も、友人も、生きる意味も・・・)
迷う間もなかった早い返事に目を伏せ、そして、私は顔を上げた。
「きひひひひ・・・ところでこの呪い、跳ね返そうかどうしようか悩んでいるんだが、国王はどちらがいいんだい?」
国王を真っ直ぐ見て、私がそう尋ねる。
跳ね返さなくても、消すことなんて簡単なのだけどね。
でも、跳ね返した方が、楽しそうじゃない?
ホール内がざわついた。
先ほどまでニヤニヤしていたお姫様が、顔を強張らせる。
国王は、謁見の間を鋭い視線で見渡した後、頷いた。
「跳ね返してくれて構わぬ。我が国の膿を、その大いなる力で暴いてくれ」
「きひひひひ・・・承った」
こつんと軽く杖を突いた瞬間、私の体は光に包まれ、謁見の間のあちらこちらから悲鳴が上がる。私を呪おうと加担した者すべてに、分け隔てなく呪いをお返しした。
そして、意地悪な老婆に見える呪いを返されてしまったお姫様を見て、国王夫妻が少し諦めたように目を伏せた。
キラキラと私の体から光が舞う。何となく、猫背でいたような錯覚があって、私は大きく伸びをした。
見回せば、同じ容姿の意地悪な老婆が何人も謁見の間にいる。果たして誰が誰なのかしら。声も変わる呪いだったから、本人確認が難航しそうでとても楽しそうね。
意地悪な老婆の姿にならなかった貴族たちは、私を見て驚き固まっている。何人かは顔を赤く染め、うっとりと私に見惚れていた。
そして、跪いていたアランはポカンとした顔で私を見上げている。
「あら、可愛い顔。よろしくね、私の旦那様」
私が片目をつぶってみせれば、先ほどまで反応の薄かった男が、目を瞬かせ微かに頬を赤くした。うん、気分がいい。気に入ったわ。
私は国王へ視線を戻す。
「こんな素敵な結婚相手をくれたんだもの、また何か困ったら連絡してね?あなたになら手を貸すわ」
私の言葉に国王夫妻は驚き顔で立ち上がり、玉座から降りて私の前までくると、二人揃ってそっと深く礼をした。そして顔を上げ、国王が口を開く。
「偉大なる魔女、ベリンダ様。とこしえにあなた様との友愛を」
私は「ええ、よろしく」と笑顔で頷いて、アランを見る。
「さあ、帰りましょう?旦那様」
私の言葉を聞いて、アランは弾かれたように立ち上がると、自分が身に纏っていたマントを外して、私の体に巻き付ける。
(あらあら・・・)
スカートの腰近くまであるスリットと、へそ近くまでボタンを外した胸元が隠されてしまった。
(豊満で魅惑のボディーは私の自慢なのだけど、もしかしてヤキモチかしら)
そのかわいい行動に、益々気を良くして、私はこつんと杖を床に打ち付ける。
幾重にも私とアランを取り巻くように魔法陣が現れて、私は最後にお姫様だった老婆にニッコリと微笑んであげた。悔しさで歪む顔を見て、やはり人間は面白いと感じながら、私の領域へ飛んだ。
呪いが解け、絶世の美女であった魔女と英雄であった騎士が消えた王城の謁見の間は、ただ、意地悪な老婆の姿となった自分を嘆く悲鳴だけが、あちこちから響いていた。
「あー楽しかったー!人間って、本当に面白いわ!」
魔女の森の入り口に降り立つ。
鮮やかで瑞々しい緑に囲まれたそこに、アランが眩しそうに目を瞬かせて、静かに周囲に視線を配る。警戒を怠らないところも、とても素敵ね。
私はアランに手を差し出す。
表情の少ないアランが戸惑っているから、そっと片手を取って手をつないだ。
「さあ来て、私の家族を紹介するわ。今日から、あなたの家族よ」
その言葉にアランは表情がないまま不安げに瞳を揺らす。その様子が少し痛々しい。これはしばらく、リハビリが必要そうだ。
でも、心配することはない。
ここは時間の流れがとても温かくて、穏やかだから。
その傷が癒え、やっと自分が生きているのだと実感する頃には、私たちと同じ、人間ではない何かになっているから・・・大丈夫よ?




