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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
89/219

3-18


「それに、何なんですか? この大荷物」


 ミンホは無残に潰れたタマゴの黄身が染み出した袋を拾い上げてやりながら、呆れたように片目を細めて言った。


「ぼ……僕は、お使い頼まれて……ジェビニヒョンに」


 しどろもどろになりながら、ナビが説明する。


「お前はっ?!」


 動揺している自分を知られたくなくて、ナビは叫ぶように言った。


「僕は、事故の緊急動員に駆り出されたんです」


 冷静に答えるミンホに、ナビは思わず悔しくなる。何だかこんなに動揺しているのは自分だけのような気がして、照れが勝った怒りで頬が熱くなる。


「おおーい! ミンホ」


 先ほどミンホが走ってきた道路の向こうから、聞きなれた声が聞こえてきた。


「チョルスヒョンッ! こっちです」


 ミンホは後ろを振り返り、チョルスに向かって手を振った。


「チョルス?!」


 ナビは夜の向こうに目を凝らし、こちらに駆けてくる人物を待った。


「え? ナビか?」


 駆け寄ってきたチョルスは、ナビの顔を確認すると大きく目を見開いた。


「驚いたな、お前。何でこんなとこに?」

「お使いを頼まれたそうですよ」

「こんなとこまで、一人でか?」


 チョルスの言葉に、子ども扱いしないでよ、とナビが頬を膨らませる。


「それにしたって、今日はもうダメだぞ。これ以上、動きようがない」

「ええーっ?!」


 ナビが頭を抱えて叫ぶ。


「お前ら、今どこにいるんだ?」

「……北漢山プッカンサンの近く」

北漢山プッカンサンっ?!」


 ナビの答えに、チョルスは思わず素っ頓狂な声をあげた。


「呆れた……あなた、どうやって帰るつもりだったんですか? まさか、歩いて?」

「違うよっ! タクシーで帰ろうとしたら、この渋滞に巻き込まれて……だから、駅までは歩いて行こうって」

「その大荷物じゃ、駅に辿り着くのだって至難の技だぜ」


 チョルスもつくづくナビの無謀ぶりに溜息をつく。


「本当に仕方のない人ですね。しょうがないから、送っていきます」

「え?」


 思わぬミンホの申し出に、ナビがキョトンと顔を上げる。


「そうしろ。駅までだって、ここからじゃかなり距離があるぞ。パトカーに乗れるなんて、滅多にない経験だぜ。良かったな、ナビ」


 豪快に笑って肩を叩くチョルスに、ナビはされるがままになっていた。


「ああ、そうだ……ミンホ」


 チョルスが不意にナビの肩を叩くのを止めて、パトカーの手配をしようと無線に手を伸ばしていたミンホを呼び止める。


「炊き出しの用意が出来たって伝えに来たんだった」

「炊き出し?」


 聞いた途端に、ナビの腹がグーッと小さな音を立てた。

 そう言えば、買い物に一生懸命で、昼間から何も食べていなかった。


「……あなたも、食べていきますか?」


 ミンホが静かに助け舟を出す。


「……いいの?」

「おぉ、知らない仲じゃないんだし、食っていけよ。ジェビンの手料理には負けるかもしれないけど、警察の炊き出しもなかなか捨てたもんじゃないんだぜ」


 チョルスは気安くそう言って、ナビの肩を叩いた。


「じゃあ、俺は戻るぜ。ミンホ、後でな」

「はい」


 チョルスはそう言うと、再び現場に戻るために駆け出した。


「チョルスヒョンッ!」


 その時、ナビがチョルスを呼び止めた。

 チョルス兄貴ヒョン――と、きちんと呼ぶのは初めてだった。

 今までは、オマワリさんとか、怖い人とか、まともに敬意を払って呼んだことはなかった。


「またお店に遊びに来てよ。ジェビニヒョンが寂しがってるよ!」


 するとチョルスは、走ったまま振り向いてヒラヒラと手を振った。


「客としてなら行ってやるって、ジェビンに伝えとけ! もうコキ使われるのはゴメンだぜ」


 そう言ってチョルスは豪快に笑いながら連なるテールランプのその先へと姿を消した。


「……僕らも、行きましょうか?」


 チョルスの姿が見えなくなると、ミンホがぎこちなく切り出した。


「う、うん」


 ナビも頷き、荷物を持とうと屈んだところで、横から伸びてきたミンホの手が、一瞬早く荷物を奪い取った。


「っな……いいよ、僕の荷物なんだから、僕が持つよ」

「僕の方が、腕力ありますから」


 そう言うと、さっさと全部担いで歩き出す。


「……あ……ありが……」

「それに、これ以上タマゴ割ったら、お使いにやった意味がなくなります」


 折角礼を言おうと開きかけていた口を、ナビは慌てて噤んだ。

 そうだ、こいつはこういう性格の奴なんだ。

 しばらく会ってなかったけど、やっぱり生意気だ!

 こんな奴に、ちょっとでも会えなくて寂しいなんて思っていた自分がバカみたいだ。

 ナビは前を歩くミンホの形の良い頭を、恨めしそうに睨みつけながら歩いた。

 歩幅が違うから、必然的に小走りにならざるを得ないのも腹が立つ。


「……ヒョン」

「何だよっ!?」


 思わず大きく刺々しくなってしまった声に自分が驚いたが、当のミンホは気付いていない様子だった。


「……元気、でしたか?」


 遠くの方から聞こえる車のクラクションや、事故処理に当たる警察や消防隊のざわめきで耳を澄まさなければ聞き取れないような小さな声だったが、わずかに俯きながら尋ねるミンホの声音は優しかった。



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