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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
87/219

3-16


 鏡を覗くたびに、大学生に変装していた頃のままの自分の姿が映る。

 ここはもう、大学のキャンパスではないのに。

 自分はもう、学生ではないのに。

 『ペニー・レイン』のボーイ、ナビに戻り、日常の中へ帰って来たというのに、鏡を見るたびに錯覚してしまうのだ。

 まだ、あの日々の中にあると。

 隣りに、ミンホはいないのに。


(……見るなよ)

(見えません)


 ヒョンスを見送ったラストダンスの時、堪えきれずに泣き出してしまった自分を抱きしめたミンホ。


(……聞くなよ)

(雨の音で、聞こえません)


 グッと力を込めて、押し付けられた広い胸。

 雨の音よりも、ナビの耳を強く打った鼓動の音。

 思い出した途端に、ナビの胸も、一瞬ドクンッと力強い音を立てた。


 ガシャーンッ!


 盛大な皿の割れる音に、ナビがハッと我に返る。

 手から滑り落ちた皿が、床で白い破片になって飛び散っていた。


「……あ……ご、ごめん……ジェビニヒョン」

「ナビ」


 ジェビンはナビの手から濡れた布巾を取ってやりながら言った。


「お使い、頼んでいい?」


 ジェビンは優しく微笑みながら、ジーンズの後ろポケットから財布を取り出した。


「山ごもりしてから、大分経つだろ? お客は少ないけど、そろそろ食材も底をついてきたからさ。ちょっと遠いけど、市街まで頼める?」

「う、うんっ!」

「じゃあ、準備してきな」


 ジェビンはナビの背中を叩いて、店の奥へ向かわせた。


「お使い? ナビに、一人で?」

「店中の皿、割られる前にな」


 そう言って、ジェビンはカウンターの中のダストボックスを開いてオーサーに見せる。

 中には、ここ何日かでナビに割られたおびただしい数の皿の残骸が納まっていた。


「……ふふっ」


 オーサーが口元を押さえて笑う。


「何だよ?」

「いや……あんなナビヤを見るのは、二度目だなと思ってさ」

「二度目?」


 怪訝な顔で振り返るジェビンに、オーサーは意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「あれは、恋してる目だ」


 オーサーとジェビンの瞳がかち合う。


「九年前……」


 カウンターに肘を付いて、斜めの位置からジェビンを見上げるオーサーは、挑発するように続けた。


「覚えてるでしょ?」


 オーサーの眼差しを受けたジェビンは、静かに口元だけで、ゾッとするような冷たい笑みを浮かべて言った。


「……お前、本当に性格いいね」



***



 当直室のソファーの上で、タオルケットにくるまって夢の中にいたミンホは、チョルスに荒っぽく身体を揺すられて無理やり叩き起こされた。


「……何ですか? 交代の時間はまだ先のはず……」

「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ! 緊急動員がかかってるんだよ!」


 ミンホは大きな目をパチパチとしばたたかせた。


漢南大橋(ハンナムテギョ)で、ダンプが横転したところに、後ろから来た車が次々に玉突き事故だ。橋は南北で封鎖中。警察も消防も総動員だ!」


 端的に状況を伝えるチョルスの言葉で、ミンホは完全に目を覚ました。


「急げよっ!」

「はいっ!」


 タオルケットを身体から剥ぎ取り、ミンホはチョルスの後を追ってすぐに当直室を飛び出した。



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