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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
84/219

3-13


 結局、ソンはその花屋の娘スンミが呼んでくれた救急車で病院へ運ばれ、事なきを得た。

 それが、ソンと現在の妻、スンミの出会いである。

 それから毎日、ソンはスンミの花屋に通った。

 最初は、助けてくれた礼として。

 次は、離れて暮らす母へ送る花を探していると言う口実で。

 毎日毎日、何かにつけて理由をひねり出しては、スンミに会うために花屋へ通った。

 そんな男の無骨な愛情が届いたのか、遂にソンは十も年の離れたこの可憐な女性を妻に迎えることになる。

 結婚してすぐに、娘のチェリンも産まれた。


 ソンは愛する妻と産まれたばかりの娘のために、安月給の中からやりくりして、この可愛らしい郊外の一軒屋を建てたのだった。そこで親子三人、水入らずで静かに暮らしたいというスンミの願いとは裏腹に、結婚後も相変わらずチョルスと二人で一年中捜査に飛び回っていたソンは、折角建てたマイホームを空ける日も多かった。

 それでもスンミは献身的に夫に尽くし、その帰りを待っていたが、隠し切れない寂しさはチョルスにも伝わってきて、ソンとコンビを組む者として、妻よりも多くの時間を共に過ごし、大切な夫を仕事の中に奪わなければならない後ろめたさに、胸が痛んだ。

 だから、今回合成ドラッグ『エデン』の捜査中にソンを襲った不慮の事故は、不謹慎ながらも、ソンを家族の元へ返してやる良いきっかけとなった。

 ソンが麻薬中毒の学生患者に腰を刺されて重症を負った時、チェリンを連れて駆け付けたスンミは血の気を失った顔をしていたが、病院で甲斐甲斐しくソンに尽くすその姿は、ようやく自分の元に帰って来てくれた夫の世話を焼ける喜びに満ちていた。

 先日ようやくソンが退院出来た時も、迎えに来ていたスンミが本当に幸せそうな顔をしていたと、チョルスは同僚から聞き及んでいた。

 退院時には駆け付けられなかったため、チョルスは今日、退院祝いと一連の『エデン』騒動の報告を兼ねて、ソンの家を訪れたのだった。


『何さっきからボーっと突っ立ってんだ? 早く入れよ』


 いつまでも庭を眺めて入ってこようとしないチョルスを部屋の窓から見ていたのか、突然インターホンの電源が入り、聞きなれたソンの野太い声が聞こえてきた。


「いやぁ、可愛くって爽やかで、何て先輩にピッタリな家なんだろうって。やっぱり、独身時代の、あの薄汚いアパートは仮の姿……」

『バカ言ってないで、早く上がれっ!』


 ブチッと音がして、インターホンの電源が切れる。

 チョルスは肩を揺らして笑いながら、手にしたケーキの箱を掲げて、青々とした芝生の庭に足を踏み入れた。


「いらっしゃい」


 玄関のドアを開けてくれたのはスンミだった。足元には、チェリンが張り付きながら、チョルスを見上げている。


「お邪魔します。スンミさん、これ……」


 そう言ってケーキの箱を手渡すと、スンミは「気を使わなくていいのに」と微笑んだ。


「ほら、チェリン。チョルス兄さんに、ありがとうは?」


 スンミが足元のチェリンの背中を押すと、チェリンは恥ずかしがってスンミの後ろに隠れてしまった。


「いつも家では『チョルス兄さん、チョルス兄さん』って騒いでるじゃない」


 面白がってスンミがからかうと、チェリンは抗議するようにスンミの足をポカポカと小さな拳で叩いた。


「ハンサムすぎて、照れてるのよ。この子、メンクイだから」

「奥さんと違って?」

「まあね」

「おい、聞こえてるぞ!」


 その時、奥からソンの声が聞こえてきて、スンミとチョルスは二人で顔を見合わせてプッと吹き出した。


 ケーキの箱を抱えながらパタパタと奥の部屋へ走って行くチェリンの後を追いながら、チョルスも靴を脱いで家に上がる。


「全く、玄関からここに入ってくるまで何分かかってるんだよ。女みたいに、ぺちゃくちゃおしゃべりしやがって」


 チョルスが奥のリビングに足を踏み入れた瞬間、窓辺に止めた車椅子に乗ったソンの太い声が出迎えた。


「元気そうじゃないですか、先輩」


 ソンは器用に車椅子を操って、チョルスの側まで来ると、少し背を屈めたチョルスの肩に両腕を回して抱きしめた。

 肉厚の手で背中をバンバン叩かれる圧力に咽ながら笑う。


「全然、体力落ちてないですね」

「お前は、相変わらずモヤシみてぇな身体だな。もっと食って太れよ」


 チョルスは背中を起こして苦笑する。


「モヤシは酷いなぁ。俺、結構筋肉あると思うんですけど。それに、折角両親がくれたこの恵まれた体型を、崩したらバチが当たりますよ」


 チョルスの軽口に、ソンが呆れたような声を出す。


「なぁにが、恵まれた体型だ。お前の仕事は何だ? あ? モデルか何かでも、目指してんのか?」


 二人が揃うと、いつもこんな調子だった。一月ほどしか離れていない筈なのに、妙に懐かしい気持ちになった。



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