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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
82/219

3-11



「ナビー! 飯にしよう」


 午後一時を過ぎてから、遅い昼食の準備を整えて、ジェビンがナビを呼んだ。洗い物の後、ジェビンに許可を得て、オーサーと二人でテントの前で自前のサッカーボールでリフティング対決をして遊んでいた二人は、ジェビンの声に一斉に振り返った。


「天気がいいから、たまには外で食べようぜ。景色もいいし」


 そう言って、ジェビンは簡単な折りたたみ式のテーブルと椅子のセットをテントの中から運び出してきた。


「やったー、俺もう腹ペコペコ」


 素早く駆け寄ったオーサーに、ジェビンが素っ気無く言う。


「あれ? いつ先生もお呼びしましたっけ?」

「お前まで、つれないこと言わないでよぉ。老体に鞭打って、ナビヤの相手してあげてたじゃない」

「ナビの相手は、お前が好きでしてたんだろ?」


 冷たいジェビンの言葉に、オーサーは大げさにうなだれてみせる。


「俺にも、メシー! ジェビンのメシー」

「もう、分かったよ。仕方ないな」


 なぜかナビがそれに答え、オーサーの分の皿もテントの中から運んできてやる。

 みんなテーブルに着いたところで、ジェビンに倣って皆で手を合わせる。


「いただきまーす!」


 青空の下、郊外の澄み切った空気の中で食べるジェビンの手料理は最高だった。

 ナビがジェビンお手製のチャプチェ(韓国風春雨の炒め物)を口に運びながら、ウーッと感嘆の声をあげる。


「やっぱり、兄貴ヒョンの料理は最高だねっ! ほうれん草でしょ、にんじんでしょ、もやしでしょ、牛肉の千切りでしょ? チャプチェは具が多いほど、高級感が増すでしょ? あいつのチャプチェなんて、麺ばっかで……」


 言いかけたナビは、そこで再び口を噤んだ。

 オーサーはニヤニヤ笑いながら、ナビを見つめた。


「あいつ……って?」


 知っていながら、ナビの口から言わせたくてオーサーはその先を促す。


「刑事さんだろ? あの、若い方の。えっと、名前は……」


 ジェビンもオーサーのからかいに乗ってきた。


「……ミンホだよ。ハン・ミンホ」


 ナビはニヤニヤ笑う二人から目を逸らして、自棄になったように吐き捨てると、チャプチェを口に運ぶ。


「あの刑事さん、料理なんかするんだ? へぇ、意外だなぁ。ナビのために、作ってくれたりしたんだ?」

「だから、ジェビニヒョンの料理に比べたら、全然美味しくなんかなかったよ! あいつ、大食いだから、量食べられればいいんだ。味オンチなんだ」

「あんなにスマートなのに、大食いなの?」


 二人が寄ってたかってミンホのことを聞いてくるものだから、ナビはついにチャプチェを全部かっ込んで、席を立ってしまった。


「ご馳走さまっ!!」


 自分の分の皿を持って、逃げるようにテントに駆け込む。

 その時に、思わずテントの入口の縁に足を引っ掛けて大きくよろけた。

ジェビンとオーサーは、そんなナビの背中を眺めて、二人で顔を見合わせて笑った。


「……全く、素直じゃないんだから」

「そんなところが可愛いとか、思ってるんだろ? どうせ」

「あれ、バレたぁ?」


 ジェビンがゴチンッとオーサーの頭を小突いた。


「痛てて……まあ、冗談はこれくらいにして」


 ナビの背中がテントの中に完全に消えるのを待ってから、オーサーが口を開いた。

 自然に低くなる声音と共に、ナビと一緒の時に見せていたクルクルと良く動く切れ長の瞳からスッと色味が消え、鋭く冷たい光を宿す。


「コ・ジョンヒョンが殺された」


 その言葉に、ジェビンが思わず振り返る。


「留置場でチョルスの上官を刺した、あの坊やだ」


『エデン事件』の時も、ペニーレインを使って学生とやりとりをしていたのはオーサーなので、ジェビンにジョンヒョンとの面識は無かったが、その名前はよく聞き及んでいた。


「知ってるよ。新聞で読んだ。残った学生が、今回の一件でクスリのルートが途絶えたことを逆恨みして……」

「違う」


 新聞記事から仕入れた情報を言い終わらぬ内に、オーサーは鋭く否定した。


「真相を隠匿するためのカモフラージュさ。拘留が解けたところを待ち伏せされて、狙撃されたんだ。あんな遠距離から一発で彼だけを仕留めるなんて、素人の腕じゃない」

「お前……」

「俺の目の前で殺されたんだ。奪われたと言ってもいい。どうしても俺らに知られたくない何かを、彼は知っていた。だから、口を封じたのさ。騒ぎ立てる家族も居ない身の上だったしね」


 声を潜め、代わりにオーサーはジェビンに顔を近づける。


「……この事件はまだ終わってない。嫌な予感がするんだ。何か、もっと大きなことが裏で起こってる」


 普段はいい加減でどうしようもなく軽薄な男だが、彼が本来持ち合わせている明晰な頭脳と動物的と言ってもいいほどの“勘”の力を、ジェビンも認めている。その彼をもってして“嫌な予感”と言わしめる事の成り行きに、ジェビンも言いようのない不吉さを感じていた。



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