表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
78/219

3-7


***



 色とりどりのネオンが揺れる長安洞は、全盛期の頃と比べると明かりの数も消え、昔ほどの活気は無くなっていたが、今もソウルを代表する歓楽街として、清濁入り乱れた地下社会が形成されている。

 問題の風俗店の前では、既に駆けつけた何名もの警察官と客や従業員などが揉み合い、大変な騒ぎになっていた。

 あられもない姿の女の写真を載せた看板が倒れ、飛び散ったガラスが道路の上で煌いていた。

 チョルスはそんなガラスを踏み分け、人ごみを掻き分けながら、ズンズンと店の奥に進む。ミンホもチョルスの姿を見失わないように後を追った。


「ちくしょうっ! 離しやがれっ!」

「触るなっ、このっ!!」


 店のあちこちから聞こえてくる罵声。バスタオル一枚を胸に巻いた姿のまま、部屋の隅で一塊になって震える女たち。

 表向きはマッサージ店であり、その実態は春を売っているという、よくある地下営業店だったが、売上金の一部がマフィアの資金になっているとあっては、見過ごすわけにはいかなかった。

 粗末なカーテンで仕切られたいくつも並んだ個室を、チョルスとミンホは端から確認していく。

 その時、勢いよくシャッと音を立てて開けたカーテンの隙間から、少年が一人飛び出してきた。


「……っう!!」


 少年は頭からチョルスの腹に突っ込むと、そのままチョルスをなぎ倒し、自分は慌てて立ち上がると、脱兎の如く駆け出した。


「……ミンホッ!! 追えっ!! 逃がすなっ!」


 苦しげに呻きながらも、チョルスが鋭く指示を出す。

 ミンホも弾かれたように少年の後を追って駆け出した。

 店を出て、少年は細い路地を自在に駆けていく。

 息を切らせながら、逃すまいとミンホも必死に後を追う。毒々しいネオンに反射して、視界の隅で少年の鮮やかな金色の髪が揺れる。

 何本目かの路地を曲がった時、不意に少年の足が止まった。

 路地の先端は、行き止まりになっていた。


「……もう、追いかけっこは、終わりですよ」


 追いついたミンホが、ジリジリと少年の背中に近付いていく。


「諦めて、こっちへ来なさい。君みたいな年少者に、手荒なマネはしたくない」


 そう言って手を差し出したミンホに向かって、少年は路地の脇に積まれていたビールケースを投げつけた。


「抵抗しても無駄ですっ! 大人しく、言うこと聞きなさいっ!」


 ミンホは次々に飛んでくるビールケースを避けながら、一気に少年との間合いを詰めて、遂にその手首を掴んだ。

 その時、金色の髪の下に片耳だけつけたピアスが、路地から漏れるネオンの明かりに反射してキラリと輝いた。

 その瞬間、ミンホの鼓動がドクンッと跳ね上がる。


「……っあ」


 振り返ったのは、ニキビ痕の目立つ、まだ二十歳にも満たないであろう少年だった。少年は一瞬ミンホが力を緩めた隙を見逃さず、その手を力いっぱい振りきると、再び路地を逆走して、ネオンの街へと消えた。

 少年の背中を見送りながら、ミンホは動けなかった。

 一瞬、躊躇した原因は分かっていた。



 少年が、ナビの姿に見えた――




***




「馬鹿野郎っ!!」


 腹の底から搾り出されたようなチョルスの怒声が、捜査課の部屋中に響き渡る。


「……あ……痛てて」


 だがそのすぐ後、情けなく腹を押さえながら身を捩る。そんなチョルスを、クムジャが呆れ顔で支えてやる。


「行き止まりまで追い詰めて、取り逃がすたぁどういうことだよ? ああ?! 何か理由があるなら聞いてやるから、言ってみろ」

「……いえ。気が緩んでいました」

「気が……緩んでた、だと?」


 ミンホの言葉は、チョルスの逆鱗に触れた。


「ふざけるなよっ!! お前っ!!……あ……痛ぇぇぇぇっっ!!」


 怒りで顔を真っ赤に染めたチョルスは、今度は痛みで更に顔の赤みを増した。


「ちょっと、あんたも落ち着きなさいよ。ひとまず、座ったら?」


 クムジャに手を貸してもらいながら、チョルスが椅子に腰を下ろす。ミンホが手を差し出すと、チョルスは邪険にその手を振り払った。


「現場で気ぃ抜くなんて、随分お偉くなったもんだな。そんな奴とはコンビなんか組めねぇな。お前、刑事向いてないんじゃないの?」


 皆の前で激しく叱られ、ミンホは唇を噛み締めながら黙ってチョルスの言葉を聞く。


「出てけ。今は顔も見たくない」


 チョルスが吐き捨てると、ミンホはグッと握った拳に力を入れ、そのまま静かに頭を下げた。


「……すみませんでした」


 短くそう言うと、ミンホは言われたとおりに捜査課のドアに向かって踵を返した。


「ミンホ君っ!」

「放っとけ!」


 後を追おうとするクムジャを、チョルスが鋭く止める。

 パタンと扉が閉まり、ミンホは一人部屋を出て行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◆◇◆参加ランキング◆◇◆
気に入っていただけたら、是非ワンクリック♪お願いします。
cont_access.php?citi_cont_id=217012595&s 38.gif

◆◇◆本家小説サイト◆◇◆
20210703195116.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ