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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
77/219

3-6



***



 長い梅雨が明けた。


 韓国を代表するビーチ、釜山プサン海雲台ヘウンデ海水浴場では早くも海開きが行われたと、今朝のニュースで報道されていた。

 ミンホは捜査課の自席に座りながら、窓へと目をやり、カラッと晴れ上がった初夏の空を見上げる。

『ペニーレイン』を追っていた時、チョルスに冗談交じりに言われて作成した『逆さにしたテルテル坊主100個』は、未だに警察署の軒先にぶら下がっている。

 風が吹くと、その100個は仲良く並んで身体を揺らし、まるでダンスを踊っているようだ。

 不器用なダンスは、あの雨の夜、明慶大学での誰かさんのラストダンスを思い起こさせる。

 何度も何度も足を踏まれた。


 グハハーン、グハハーン、グハハーン……


 不意に尾を引くようなあの独特のハスキーボイスの笑い声が聞こえてきた気がして、ミンホはブルッと頭を振った。

 窓辺の逆立ちしたテルテル坊主にもう一度目をやると、今度は一体一体がナビの顔に見えてきた。


「……っ?!」


 思わず立ち上がるミンホに、周囲が驚いたように振り返った。


「どうしたの? ミンホさん」

「……あ、いえ……何でも。すみません……」


 居た堪れない思いで再び着席するミンホを、周囲は奇異な物でも見るような目つきで見ているのが分かる。

 ミンホは頬が熱くなるのを感じながら、恥ずかしさを誤魔化すように椅子に深く腰かけ直した。


「ねぇ、これ……もういい加減片付けたらどうかしら? 雨ざらしになって汚れてるし」


 その時、窓辺のテルテル坊主を指して、クムジャが言った。


「明日、燃えるゴミの日だし……」


 そう言いながら、窓辺のテルテル坊主に手をかけようとしたクムジャの元へ、思わずミンホは走り寄っていた。


「待って! 姉さん」


 突然手首を掴まれたクムジャは、驚いてミンホを振り返る。


「姉さんに、そんなことさせられません。時間のある時、僕が片付けますから……」

「まぁ!」


 単純に自分を気遣ってくれたのだと思ったクムジャは、頬を染めて喜んだ。ミンホは気まずそうに微笑みを返しながらクムジャを窓辺から追い払うと、開いた窓から、再び空を見上げる。

 あんなに毎日ドンヨリと重くのしかかるような雨雲に覆われていたのが、信じられないような晴天だった。

 若者であれば余計に、解放的になり遊びに繰り出したくなる、ご機嫌な夏の到来だと言うのに、ミンホの口から漏れるのは溜息ばかりだった。


 無意識に、雨雲を探している自分がいる。

 雨の向こうに霞む、神出鬼没の黒テント。

 もう追う必要の無くなった『ペニー・レイン』。


 事件の解決は喜ばしいことで、面倒事が一つ減った筈なのに、ミンホはなぜかポッカリと心に穴が開いたような気持ちになっていた。


「おい、どうした? ボーっとして」


 その時、急に背後から肩を叩かれてミンホは飛び上がった。


「窓の外に、何かいいモンでも見えるのか?」


 ミンホの肩を抱きながら、チョルスも一緒になって窓から顔を出す。眼下に広がるのは、激しく行き交う車の流れだけだった。


「何だよ。セクシーな姉ちゃんでもいるのかと思ったのに」


 ブツブツ言いながら、チョルスは早くも飽きたとでも言いたげに窓から頭を引っ込めた。


「……チョルスヒョン」

「ああ?」


 窓に背中を預けてもたれるチョルスに、ミンホが恐る恐る尋ねる。


「……あの人たちは、どうしているんでしょうか?」

「あの人たち?」

「……『ペニー・レイン』の」

「ああ」


 ミンホの言いたいことが分かって、チョルスは頷いた。


「相変わらず、好きにやってるんじゃないか。気のみ気のまま、自由に飛び回って。ひょっとしたら、ソウルには居ないかもしれないな」


 ソウルにいない――


 何気ないチョルスの一言に、ミンホの胸がザワザワと音を立てる。

 そんな自分の反応に、自分自身が一番動揺する。


「まあ、縁があればそのうち、またどっかで出くわすさ」


 縁があれば。

 確かにその通りだった。

 逆に言えば、もう偶然以外に『ペニー・レイン』に出逢うことはない。


「おいっ! チョルス、ミンホ! 出動だ」


 その時、電話を取った捜査官の一人がチョルスとミンホを振り返って言った。


「長安洞の風俗店がシッポだしやがった!」


 チョルスの目がスッと細められ、刑事のそれに変わる。

 それは、数日前から追っていたソウルの歓楽街の代名詞とも言うべき長安洞での、地下営業の風俗店の取り締まりだった。経営母体が裏でマフィアに繋がっているとの情報を掴み、慎重に捜査を重ねていた。

 今日は店に、そのマフィアの幹部が訪れているらしい。

 一気に摘発するチャンスだった。


「行くぞ、ミンホ!」

「はいっ!」


 呆けていた自分に喝を入れなおし、ミンホはチョルスと共に長安洞へ向かった。



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