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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
75/219

3-4



***



 シーツを引き裂いて紐状にしたものを拘置所の窓枠に括りつけ、そこで首を吊っていたサンギョの遺体の側には、震える筆跡で書かれた遺書が残されていた。

 死後、彼の身辺調査を行った結果、ギャンブル癖が高じて膨らんだ多重債務に、首が回らない状況であったのが分かった。


 彼が押収した薬物を粗悪品に加工して量産し、一儲けを企てる場所として明慶大学を選んだ背景には、学長の息子であるガンホを、高校時代に傷害罪で補導しておきながら、それを見逃してやった経緯があった。

 被害者の少年は危うく失明しかける重傷を負わされたのだが、多額の金を積んで、最終的には被害届を取り下げさせている。


 過去のその事件をチラつかせ、ガンホと組んで明慶大学内で薬物売買のための土壌を確立させたサンギョは、そこの売買で得た金を借金返済に回していた。

 ガンホのもう一人の恋人であったノ・ミラが薬物使用による急死を遂げた際も、鑑識への賄賂提供で、事実を隠蔽しようとした。


 各大学へ飛び火した大掛かりな事件には違いないが、サンギョの死によって、一連の『エデン』騒ぎは一応の収束を向かえた。



 取調室の中で、相変わらずヒステリックに泣き喚き、取調官を手こずらせていたユリの元に、チョルスとミンホは二人で出向いた。

 疲労困憊という様子の取調官とバトンタッチして、二人はユリの前に腰を下ろす。


「何よっ?」


 ユリは興奮し、泣きはらした目でミンホを睨みつける。


「あんたの恋人は、落ちたぞ」


 チョルスが冷たい声で告げる。


「相棒だった刑事がな、自殺したんだよ。自分の悪事を全部暴露してからな。あんたの恋人も、もう言い逃れできないって悟ったのさ」


 チョルスの言葉に、ユリは大きな目を見開いて、深く息を吸ったまま動かなくなった。


「あんたは、どうする?」


 チョルスの後を引き取ってミンホが続ける。


「ヒョンスはね……保釈申請を断りましたよ」


 固まっていたユリの肩がピクリと動く。


「本当は明日にでも出て行けるのに、外にはあなたが居ないから、そう言ってました。あなたの居る場所が、自分の居場所だと」


 唇が震え始め、それをグッと噛み締めると、ユリは横を向いてミンホから目を逸らした。


「……バカみたい。本当、バカな奴」


 その姿勢のまま、やがてユリの瞳からは大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って取調室のデスクの上に弾けて落ちた。


「昔っから、そうだった――パパは出来の悪い私より、賢いヒョンスの方がお気に入りで……実の娘より、ヒョンスが可愛いのよ……あいつは、それを知ってて……バカみたい……勝手に、負い目に感じてた……そんなことされたら、私が、余計惨めになるじゃない……」


 ユリは子どものように泣きじゃくり、しゃっくり上げながら話し続ける。


「どんなにワガママ言っても、何でも聞いて……受け入れて……」

「あなたは、叱って欲しかったんですか? ヒョンスに? それとも、お父さんに?」

「甘えるな!」


 ピシャリとチョルスが言い放つ。

 ユリは濡れた瞳のまま、ハッとしたように顔を上げた。


「いい加減逃げるのはやめて、自分で直接聞いたらどうだ? いくら親子だってな、テレパシーがある訳じゃないんだ。恨み言でも何でも、口にしなきゃ分かんねぇぞ」

 唖然とした顔でチョルスの言葉を聞くユリに、ミンホが告げる。

「……面会に来たいそうですよ。お父様が」


 デスクの上に置いたユリの指が、小刻みに震えだす。


「どうするよ? お嬢さん」


 そんなユリの様子を見つめながら、チョルスが静かに問いかける。


「一度くらい、面と向かって勝負したっていいんじゃねぇか?」


 俯いた頬を伝う涙が、ユリの手の甲でいくつも弾ける。

 チョルスとミンホは、そんなユリの涙がひとしきり乾くのを、静かにその場で見守ってやった。



***



「もう戻ってくるなよ」


 そう言って背中を押した、付き添いの看守を振り返って深々と頭を下げると、コ・ジョンヒョンはここ数週間を過ごした拘置所を後にした。

 身柄を拘束されていたジョンヒョンにも、『エデン事件』の黒幕が警察官で、尚且つ自殺したこと、それにより現在署内は混乱の極みに達していて、自分のような小物への取調べどころではないのだという事実は、薄々分かっていた。

 大きな渦の中に巻き込まれたようでいて、それでいて最後には締め出されたような形になり拍子抜けした感は否めなかったが、これでもうこれ以上薬物が学生の間に出回ることはなく、ジスクの身が危険に晒されることもない。

 出所後は、どんなに跳ね除けられてもペク・ギョウンに頼み込み、ジスクを迎えに行こうと心に決めていた。


 背中を丸めながら歩いていた時、不意にけたたましいクラクションの音がして顔を上げた。

 車線を隔てた向こう側に、黒い車が止められていた。

 スモークのウインドウが開き、中から軽薄なサングラスをかけた男が顔を出す。


「お勤め、ご苦労さま」


 間の抜けた能天気な声の主の隣りでは、彼が出所後真っ先にその居場所を探そうと思っていたペク・ギョウンが、相変わらず眉間に深い皺を刻んだ鬼の形相で、ジョンヒョンに睨みを利かせていた。



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