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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第3章【雨が止んでも】
74/219

3-3


***



 取調室を後にしたチョルスとミンホは、二人で並んで歩きながら捜査課へ戻った。

 ドアを開けるなり、部屋の隅に置かれたテレビから流れる大音量に、二人は仰け反った。型の古い青少年課からのお下がりであるそのテレビは、昼のニュース番組を流していた。


「クムジャ姉さん! 何でこんな……ボリューム絞ってくださいよっ!」


 チョルスが耳を塞ぎながら文句を言うと、クムジャはテレビの音に負けないくらいの大声で言い返してきた。


「今日が何の日だか、あんた知ってて言ってるの?」

「何の日? 俺の誕生日はまだずっと先……」


 チョルスが言い終わらない内に、クムジャの放ったボールペンがチョルス目がけて飛んでくる。ミンホは頭を下げて、上手くその矢を避けた。


「まったく、これだから! たまにはちゃんとニュースでも見て、勉強しなさい。ほら、ここに来て座りなさい。ミンホ君も」


 結局クムジャには逆らえず、二人は渋々テレビを囲む、埃まみれのソファーにクムジャを挟む形で腰を下ろす。

 ちなみにこれは、鑑識課からのお下がりだ。

 クムジャはお気に入りのミンホが側に来てくれてご満悦の様子で、テレビのリモコンを取ると更にボリュームを上げた。


 テレビには、見慣れたソウル市警の正面玄関が映し出されている。

 玄関から門まで、制服を着た警察官が真っ直ぐ一列に並び、もうすぐ姿を現すであろう人物を、微動だにせず待ち構えている。

 門の外ではいつくもの黒塗りの車が並び、報道関係者の嵐のようなフラッシュが焚かれている。あまりの明滅ぶりに、画面を見ていたチョルスは目がチカチカしてきた。


「何なんですか? この騒ぎ」

「あんた、本気で言ってるの?」


 クムジャが呆れ返った声を出したのと同時に、正面玄関から一人の男が姿を現した。

 居並ぶ警官たちが、一斉に敬礼の姿勢を取る。フラッシュの嵐は激しさを増し、画面は一瞬、男の顔すら判別できないような白い光の渦の中に飲み込まれた。



『ソウル地方警察庁長パク・ヨンチョル氏、退任――』



 画面に大きなテロップが流れた。


「あ……」

「ようやく分かった?」


 思わず声を漏らしたチョルスに、クムジャは溜息を吐く。


「我らが大ボスの顔、知らないなんて言わせないわよ」


 それは、若干41歳の若さで、韓国全警察機構の中、1名の治安総監に次いで、わずか4名しかいない治安正監の座につき、今日までの九年間、ソウル地方警察庁長として、事実上韓国国家警察の中枢の座に君臨し続けた、パク・ヨンチョルの退任セレモニーの中継映像だった。


「やっぱり、凡人とは違うわよねぇ」


 クムジャがうっとりと画面に釘付けになる。

 五十手前の男盛りであることに加え、若々しく溌剌とした容姿に、気品溢れる立ち居振る舞いで、大きな事件が起きてマスコミへ登場する度に、多くの女性の心を捉えていった。


「警察大学校主席卒業のエリートですもんねぇ。辞め方もスマートだわぁ」

「警察大学校なら、ミンホだって同じじゃないですか」


 チョルスの言葉に、ミンホがとんでもないと顔の前で手を振る。


「僕なんかとは比較になりませんよ。今でも学校では伝説になってるくらいです。在学中から文武両道で、鳴り物入りで警視庁へ入庁した、エリート中のエリートです」

「おまけに、家柄も申し分ないのよ。亡くなられたお父様も、元治安正監。普通、二世は煮ても焼いても食えない奴が多いのに、彼に限っては父親の上を行ってるわね」

「何で、姉さんがそんなに詳しいんです?」

「ゴシップ誌の情報を甘く見ないで」


 悪びれもせずに胸を張るクムジャに、今度はチョルスが呆れる番だった。


「上を行ってるって……治安正監の上って言ったら、総監しかないじゃないですか? しかも、今日で退任なのに?」


 チョルスの問いかけに、待ってましたとばかりにクムジャはしゃべりだす。


「バカね! あれだけの人が、何の目的もなく定年前にただ黙って退任するわけないでしょう? 政界進出を目指してるのよ。第二のステージね」

「それは、確かな話なんですか?」


 珍しく話しに食いついてきたミンホに、クムジャは胸を張る。


「間違いないわ。ゴシップ誌にも、確かな情報筋の話って書いてあったし」

「……何だよ、結局そっちのネタかよ」

「何か言った?」


 舌打ちしたチョルスを見逃さず、クムジャは目を光らせる。


「……いえ、何でも」


 チョルスが弱々しく首を振りながら、ソファーの上でにじり寄るクムジャから身体を逃がしていた時、捜査課の前の廊下を慌しく走る足音が聞こえてきた。

 バンッと勢いよく開いた捜査課のドアの先には、額に汗の玉を光らせたチョルスたちの同僚が、青ざめた顔で立っていた。


「どうかしたんですか?」


 ただならぬ様子にミンホが尋ねると、彼は肩で大きく息をしながら、乾いた声で告げた。



「……ホン・サンギョ警査が、拘置所内で首を吊った」




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