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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
70/219

2-43

「何だよ? もう用は済んだ。早くどけよ」


 肩を突き飛ばされてよろけながらも、ヒョンスは真っ直ぐにユリを見つめて手を差し出した。


「……約束だよ、ユリ。ラストダンスは、俺と踊って」

「おいっ!」


 ガンホに小突かれても、ヒョンスは動かない。ユリから視線を外さない。

 ユリは戸惑いながら何度もガンホとヒョンスを見比べた。


「っち」


 盛大な舌打ちをして、ガンホはユリの肩をヒョンスに向かって乱暴に突き飛ばした。よろめきながら、ユリはヒョンスの腕の中に納まる。


「そんなに俺の女と踊りたきゃ、好きにしろ」


 そう捨て台詞を吐くと、ガンホはあっさりと背を向けて倉庫の方へ向かった。

 そんなガンホをまだオドオドと見つめているユリの手を引いて、ヒョンスは静かにラストダンスの輪の中に加わった。





「お、始まったみたいだね」


 講堂の裏に止めたキャンピングカーの中で、漏れてくる音楽に耳を澄ませながら、オーサーは煙草に火をつけた。隣りの運転席には、ジェビンが膝に抱いたオンマの背を撫でながら座っている。


「ナビにドレスを着せてやったのは、本当に捜査のため?」


 何でも無い世間話のような調子で、オーサーが語りかける。


「他に、何があるって言うんだ?」


 ジェビンはオンマの背に視線を落としたままで言う。


「いや……親心って、ヤツなのかなってね」


 窓を開けて、フッと湿気を含んだ外の風に煙草の煙を吐き出す。


「『バレない自信、ある?』か――」


 開いた窓の隙間から手を出し、指先に触れる雨の感触を楽しむ。


「本当は『バラさない自信、ある?』。そう、聞きたかったんじゃないの?」


 互いに別の方向を向いて視線を合わせないまま、沈黙が続く。


「……あいつは、俺の“弟”だ」


 ポツリと呟くジェビンに、オーサーは頷く。


「そう。ナビとお前が、望む限りね」


 オーサーは不意にジェビンの背をバチンッと叩いた。


「……おまっ……痛いな。いきなり、何するんだよ!」

「心配しなくても、“巣立ちの時”はまだ当分先だよ。特に、あの坊や相手じゃね。苦労するなぁ、“お父さん”」

「お前、面白がってるだろ?」


 ジェビンはお返しにオーサーの胸を拳でドンッと殴りつけ、不貞腐れたように運転席のシートに背中を預けた。





「……ナビヒョン」


 ミンホは動きだしたワルツの輪に目を凝らしながら言った。


「いました。あそこです」


 ミンホの指差すほうへ視線をやったナビは、そこに確かに手を取り合ってぎこちなく踊る二人の姿を見つけた。


「来て」


 ミンホは突然ナビの手を取ると、有無を言わさずズンズンとワルツの輪に近付いて行った。


「なっ?! 何なの?」

「シッ! 踊るフリして。ヒョンスの近くにいた方がいい」


 長身のミンホに振り回されるような格好で、ナビのぎこちないダンスが始まった。

 周囲を見回してみると、他の男子とペアを組んだ女性陣たちが、ウットリした目でミンホに釘付けになっている。

 可哀相な男子諸君は、先ほどからそんな薄情な女性陣たちに足を踏まれ放題になっては、小さな呻き声を上げている。

 ミンホはナビと違い、悔しいくらいに優雅でスムーズな美しいステップを踏んでいた。ナビは慣れないリズムに四苦八苦しながら、バカにされたくない一心で、意地になってミンホのリードに付いていく。ナビに何度も足を踏まれ、顔をしかめながらその都度憎まれ口を叩いても、ナビの背を抱くミンホの手は優しく暖かかった。

 音楽が最大の盛り上がりを見せる。

 その時、講堂の正面玄関の曇りガラスの向こうで、複数の影が動くのが見えた。


「……ミンホ」


 ナビがミンホの袖口をギュッと掴む。


「……大丈夫」


 ミンホは背に回した腕に力を込めて、ナビを落ち着かせるように静かに頷いた。



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