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仰け反らせた喉元に、髪を掴んでいないほうの手を当て、いたぶるように軽く力を加える。
人間の急所のひとつを押さえられた少年は、本能的な恐怖に歯がカチカチと鳴るのを止められなかった。
「口が利けるうちに、話したらどうだ?」
そう言って、少年の喉に指を食い込ませる。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 止めてくれ! 言う、全部言うからっ!」
少年も恐怖の前ではプライドも何もかなぐり捨てて、顔をグシャグシャにして泣きじゃくりながら訴えた。
チョルスは再び少年の髪を掴み直すと、これ以上ないというところまで、少年の頭をグッと後ろに反らせて、その上に覆い被さるように顔を近づけた。
「どこで、クスリを手に入れた?」
「……俺はまだ、手に入れてない」
「何だと?」
不可解な言動の続きを促すように、チョルスの手に力が加わり、少年は華奢なノド元を見せて更に反り返る。
「本当だっ! ほんの一二回“溜まり場”に残ってたおこぼれをもらったことがあるだけで、“本物”を拝んだことなんかない。他のヤツみたいには……」
「他のヤツみたいには?」
一瞬、若者は唇を噛み締め答えを躊躇する。だが、チョルスの目に鋭さが加わり、自分の髪を掴む指が微かに動いた瞬間、既に一度学習している彼は、叫ぶように続きを吐き出した。
「“溜まり場”にあるようなものじゃない、もっとキメられる、上質の……でも、俺は行く前に捕まった。探しに行かなきゃいけないのに! ジスクが戻って来な……」
「ちょっと待てっ!」
無理な体勢のまま、タガが外れたように話し出す少年をチョルスが止める。
「お前は、どこへ行こうとしてたって?」
「みんな、そこに行けば『エデン』が貰えるって。でも、選ばれた人間しか行けない場所なんだ。みんな“溜まり場”から、選ばれるのを待ってた」
「だから、“そこ”がどこかって聞いてるんだよっ!」
肝心なところで噛み合わない会話に、苛立ちながらチョルスは少年の身体を揺する。
「次は俺の番だった。ジスクも5月に……」
「おい、お前。いい加減にしろよっ!」
チョルスは少年の胸倉を掴んで、その薄く頼りない身体を宙に浮かせたまま噛み付くように言った。
「選ばれた人間? 『楽園』? ご大層な名目と名前つけたって、ヤクはヤクだ! お前らは選ばれた人間なんかじゃない。列を成して誘惑に屈する反吐が出るくらいの甘ちゃん野郎どもが」
チョルスは掴んでいた少年の胸倉を乱暴に離し、その身体を床に転がした。
「お前らみたいな馬鹿を先導してる奴は誰だ? その『楽園』とやらはどこから出てる?」
少年は転がった姿勢のまま、膝を上げたチョルスの固い靴裏が、真っ直ぐに自分の喉元を狙っている光景を捉えた。
「三……二……一……」
「『ペニー・レイン』だっ! そこに行けば、『エデン』が手に入るって!」
先ほどと同じ、不気味なカウントダウンが終わる前に、少年は血の気を失って叫んでいた。
「……何だって?」
チョルスの目が細められる。
「でも、ジスクが帰って来ないんだ! 『ペニー・レイン』に行ったきり、もう一月以上経つのに」
足を下げたチョルスに、少年は必死でしがみつき訴える。
「それで、何で先輩を刺した?」
冷たく降ってくるチョルスの声に、制服のズボンの裾を掴む少年の手が思わず萎縮する。
「……早くジスクを探しに行きたいのに、邪魔するから」
「お前、俺らに見つかる前、明洞の路地裏で何やってた?」
始めから答えの分かっている問いを、チョルスは更に冷たく浴びせかける。
「一緒にいた男……聖智大の、ペク・ギョウンだな?」
なぜそれを? と言うように少年が目を見開く。そんな反応にチョルスは嘲笑で答えた。
「ヤツがどうなったか、覚えてるか?」
少年は今度は力なく首を横に振る。
「気が動転してたから……」
「一人で逃げたよ。“選ばれた人間”であるはずのお前を置いてな。気が動転してた? 覚えてない理由はそれじゃないんじゃないか」
チョルスはしゃがみこんで、少年の顎を掴んだ。
「捕まる直前にも、ヤクをやってた! そうなんだろ」
チョルスの怒鳴り声が取調べ室にこだまする。
「違う! ヤクなんかやってない。だって、尿検査も陰性で……」
「そうか?」
つられて大声を出した少年に、とぼけた顔でチョルスは笑う。
「じゃあお前は、素面の状態で、先輩を刺したってことだな。ヤクのせいで普通の精神状態じゃなかったなんて、言い訳は立たなくなった。お前が犯したのは、立派な殺人未遂だ」
「そんなっ!」
今更チョルスに嵌められたことを悟った少年は、慌てて言い募る。
「俺はジスクを助けるためにっ」
「“警官を刺せ”って、天啓でも下りたか? 」
掴んだ頬の肉を通して、チョルスの握力で歯が圧迫されてミシリと音を立てたのが分かった。少年の顔が苦痛に赤く染まる。