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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
68/219

2-41

「ちょ……兄貴ヒョンも先生も、一体どうしたのさ?」


 部屋になだれ込んでくる二人に押されるように後ずさりしながら、ナビが尋ねる。


「舞踏会にはおしゃれしてドレス着て、カボチャの馬車に乗っていくものだよ、シンデレラ」


 相変わらず気障なオーサーの台詞に、ナビは目を白黒させる。


「ドレスって、何言ってんのさ? もう、スーツ着て……」

「ナビヤ、兄貴ヒョンが悪かったよ。女装の何たるかを、今日こそちゃんと教えてやる」

「いや、教えてくれなくていいからっ!」

「はい、座って。ナビちゃん」


 二人がかりで追い詰められては、ナビに逃げ場はない。

 どこから調達して来たのか、ジェビンは小さな三面鏡までついたコスメボックスを開き、慣れた様子でファンデーションを溶き始めた。


「な、何で僕が女の格好しなきゃいけないのさ? 意味が分かんないっ」

「男同士で、ダンスを踊るの? 変に目立って、ユリとヒョンスに自然に近づけないと困るでしょ」


 もっともらしい説得をしながらも、オーサーの口角は上がりっぱなしで、ただ単にナビのドレス姿を楽しんでいるのが明らかであった。


「それに、お前に任せてたら、この前みたいなボディコンお化けになるからな」

「アハハ、聞いたよ、ナビヤ。俺も見たかったなぁ」

「な? 元はと言えば先生がっ! クラブで一番イケてる服と化粧なんだって言って、くれたんじゃないかぁ」

「本気にしちゃうあたりが、ナビヤの可愛いところだよねぇ」

「嘘だったのぉ?!」

「ナビ、あんまり動かないで」


 化粧途中の顔をグイッと鏡の正面に向けられて、ナビは口を尖らせて押し黙る。


「何で、僕がドレスなんだよ」

「ミンホのドレス姿よりマシだろ?」

「うん、想像したくないです」


 片手を上げて、オーサーも同意する。


「ナビ」


 頬に白粉をはたきながら呼びかけられ、ナビが薄く目を開けると、至近距離でジェビンの優しい灰色の瞳とぶつかった。


「……よく、頑張ったね」


 そう言って、柔らかいナビの黒髪に手を伸ばす。


「『バレない自信、ある?』」


 それは、『ペニー・レイン』からナビを送り出すときに、ジェビンがかけたあの言葉だった。

 ナビの黒目勝ちの瞳は何かを言いたそうに一瞬だけ揺れたが、すぐにキュと口角を上げて、ジェビンに答えた。


「『兄貴ヒョンの“弟”を、信じなさい』」


 まるで二人だけの合言葉のように、決まった台詞を繰り返す。

 そんな二人を、オーサーは少し悲しげな微笑を浮かべて、静かに見守っていた。



***



 広い講堂の中は、学生バンドが奏でるワルツの音色が響き渡り、すし詰め状態になった人々の熱気で溢れていた。

 オーサーが言うところの“カボチャの馬車”こと、いつものキャンピングカーに押し込められて会場に到着したナビは、一曲も踊っていないのに、早くも人ゴミに揉まれてヘトヘトになっていた。

 やっとの思いで辿り着いた窓辺に背中を預けて一息つくと、人、人、人でごった返す会場内に目を凝らした。


 あの日『ペニーレイン』で別れたきりのヒョンスの姿を探すが、ワルツの輪が何週もして、同じ曲が何度繰り返し流れてきても、ナビは一向にヒョンスを見つけ出すことができなかった。

 もしや、今日は来ないのかもしれないとさえ思う。

 それならいっそ、その方がいい。

 そんな淡い期待を抱きながら手の甲で額を拭うと、ビッショリと汗に濡れる。ここまで疲労する主な原因は、この居心地の悪い、慣れない服装のせいに他ならなかった。


 肩が大きく開いたワインレッドのドレスは、華奢なナビの鎖骨を強調している。普段、こんな風に肌を晒すことなどないから、無防備すぎて、先ほどから落ち着かなくて仕方ない。ベトベトした唇のグロスも気持ちが悪い。舐めとってしまいたくてこっそり舌を出したところでジェビンに見つかり、先ほど車の中でこっぴどくどやされた。


 アップにまとめたウイッグには、ドレスと同じ色の大きなリボンが留められていて、地毛を思い切り引っ張られているせいで、痛いし重い。

 出来ることなら、足を挫きそうなこの淡い金色のピンヒールも脱ぎ捨てて、今すぐに裸足にジーパン、Tシャツのいつものスタイルに戻りたい。


「女って、大変なんだな」


 思わずそう一人ごちたその時、いつの間に居たのか、見知らぬ男が隣りに立っていた。


「ドリンク、いかがですか?」


 正装した男は、この大学の生徒なのだろう。見たことのない顔だったが、やたらと馴れ馴れしい笑顔で近づいてくる。


「あ、どうも。ご親切に」


 彼が差し出すグラスを受け取ろうと手を伸ばした時、ナビの手が届く寸前で、横から現れた長い腕がナビのグラスをさらっていった。


「何する……っ!」


 文句の一つも言ってやろうとその腕の主を振り仰いだ時、ナビは思わず言葉を失った。


「……っな……おま……」


 それだけ言うのが精一杯だった。

 そこには、正装姿のミンホが立っていた。


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