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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
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2-40

「……ユリは、意地っ張りだから、自分で悪いことしてるって分かってても謝れない。止められない。昔からそうだった。止めてくれるの、叱ってくれるの、待ってるんだ」

「……せんせ」


 その時、ナビが皿を拭く手を止めて、ジッとオーサーを見つめて言った。


「ん? なぁに、ナビ」

「昔に戻れる薬ってないの?」


 突然のナビの言葉に、その場にいた全員がナビを見つめた。


「大人になってからのさ、すれ違っちゃった記憶だけ消して、また昔に戻れる薬。先生は、天才なんでしょ? ユリとヒョンスを、昔に戻してあげてよ」


 必死に言い募るナビをしばらく無言で見つめていたオーサーだが、やがて少し寂しげに微笑むと、手を伸ばしてクシャクシャとナビの頭を撫でた。


「さすがは、俺のナビヤ。優しいね」


 ひとしきり柔らかい髪の感触を楽しんだ後、オーサーはスルッとナビから手を離して言った。


「でもさ……忘れることが、本当に幸せ?」


 オーサーはカウンターについた肘に右頬を乗せ、横目でヒョンスに視線を送る。見つめ返すヒョンスの瞳には、もう答えが描かれていた。


「ありがとう……ナビ」


 ヒョンスが微笑む。


「甘えついでに、一つだけ、ワガママを言わせてもらえないかな?」


 ヒョンスは顔を上げて、自分を取り囲んでいる五人を一人一人ゆっくり見つめると、再び深々と頭を下げた。


「……最後の曲が終わるまで、待って欲しい」



***



 深夜の署長室で、ミンホはチョルスと連れ立って潜入捜査の結果を告げた。


「今、何て言った?」


 震える声で問い返す署長に、ミンホはもう一度きっぱりと言った。


「署内に、内通者がいます」


 椅子に深く腰かけた署長が思わず身を乗り出す。


「そんなバカな話があるか! 一体、誰が……」

「ホン・サンギョ警査です」

「っな?!」


 見る見る顔から血の気の失せていく署長に、チョルスが更に追い討ちをかける。


「明慶に一斉捜査の情報を流して便宜を図った見返りに、薬の販売ルートを学生組織の間に確立させたんでしょう。ホン警査の口座に、摘発の前後に渡って多額の入金が繰り返されています。学生たちに売りさばいた薬は、別の大学から摘発した薬の量を改ざんし、手に入れた分を粗悪品に加工し量産したものです。ホン警査から薬の加工を依頼されたヤクザを、別件で引っ張り自白させました」


 ここ数日で、チョルスが極秘でサンギョの周囲を洗い出した成果だった。


「鑑識のノ警衛にも、ワイロを渡してました。明慶の女子学生の変死事件の、検視結果の改ざんの見返りでしょう」


 チョルスは別人の名義になっている銀行口座の入出金記録が書かれた書類の束を、資料の上に積み重ねた。


「彼は明慶の学内イベントに乗じた、これまでにない規模の取引を計画しています。アゲるなら、チャンスはこの日しかない」


 署長はチョルスの言葉にも、しばらく唇を噛み締めたまま答えを出せずにいた。警察内部の者の犯行となると、世間的にも非常に厄介だった。

 しかし、一人死者まで出したこの事件を、このまま葬り去るわけにもいかない。


「……動員を、お願いします」


 頭を下げるチョルスとミンホに向かって、署長はやがて一言、分かった――と呟いた。



***



 日没と共に、学校中が準備に明け暮れた学内最大イベントである明慶大学ダンス・パーティが始まる。

 ミンホは既に昨日の晩から、チョルスたちとの最終打ち合わせに出かけていて戻って来ていない。

 彼はそのまま、パーティに潜入するという話だった。

 時計の針が午後6時を差し、ナビはようやく重い腰を上げる。

 曲がりなりにも正装を要求される場所なので、今日はジェビンから借りてきたフォーマルなスーツを着ているが、着慣れていない分、居心地が悪くて仕方ない。


 ナビは胸元に手をやり、自分の首を締め付けているネクタイをむしり取り、ズボンのポケットに捻じ込んだ。ついでに、第二ボタンまで乱暴に開けて、蒸した身体に風を通す。暑さには適わなかった。

 ナビの腰が重い理由は、何も暑さのせいばかりではなかった。

 今夜、これから起こることを知っているナビにとって、それはただのパーティではなかった。


 ヒョンスの本当の、ラストダンス。


 目の前でヒョンスが捕まる姿は、見たくなかった。

 だが、いつまでもグズグズしていても仕方ない。

 ナビが思い切って立ち上がったその時、ホテルの部屋のブザーが鳴った。


「……誰?」


 覗き窓から目を凝らしたナビの視界に、ニンマリと微笑みながら大荷物を手に立っているジェビンとオーサーの姿が飛び込んできた。



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