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「ユリッ!」
女王の登場に、少女たちが一斉にユリに駆け寄る。
「何よ」
「この女が、勝手にユリの親友だなんて言って、店に入ろうとしてたのよ」
告げ口するように、少女の一人がユリの腕を取る。
「私の親友?」
ユリは美しく整えられた、女の極太眉毛とは対照的な眉を吊り上げて、女を見やる。
「こんな女、知らないわ」
鼻を鳴らして行こうとするユリの腕を、女は思いの他強い力で掴んだ。
「何すんのよっ!?」
金切り声を上げるユリの耳元に、女は囁く。
「私、コ・ヒョンスにダンスを申し込まれてるの」
思わず女に視線をやったユリの反応を見て、女はドぎついルージュの唇でニンマリと笑みの形を作った。
「ヒョンスが、あんたみたいな女、相手にするわけない」
「そうかしら?」
「あいつは、私に夢中なんだから」
「今わね」
平静を装うユリだったが、この奇妙な女のペースに徐々に乗せられ、イライラが募っていく。
「ラストダンスのジンクス、知ってるよね?」
女の言葉に、ユリの頭にカッと血が上る。
「何してるの? さっさと行くわよっ!」
取り巻きの少女たちに向かってそう鋭く叫ぶと、未だ強い力で女に掴まれている腕を乱暴に振りほどく。
「彼、最近様子がおかしいわよね。何か悩み事があるみたい。心当たり、無い?」
背を向けたユリだけでなく、周囲の皆に聞こえるように、女は声を上げる。
「何で私にそんなこと聞くのよ?」
「コ・ヒョンスのことは、誰よりもあんたが知ってると思ったから」
意味深に微笑んで見せる女に、ユリは背筋が寒くなるものを感じた。
「何が望みなの?」
「クラブに入れてよ。踊りたいだけ」
女は待ってましたとばかりに、まるでお化けのように唇からはみ出したルージュで微笑む。
ユリは不快そうに眉根を寄せたが、やがて乱暴に顎をしゃくった。
「……着いて来て」
「ユリッ?」
「いいから、黙ってて」
周囲の少女がユリの腕を引っ張ってユリの選択を咎めるが、ユリは首を横に振ってそれを制した。
女は分厚い肩パットを揺らしながら、嬉々としてユリたちを追い越して地下のクラブへの階段を降りていった。
*
「へぇ、こんな風になってるんだぁ」
女は派手な電飾に彩られた品の無い店内をキョロキョロと見回しながら、鼓膜を破るような音の洪水を楽しんでいるようだった。無意識に身体がリズムを取って揺れている。
狭い店内で女にぶつかる客は、皆一様に女のいでたちを見てギョッとしているが、当の女の方は全く気にする様子も無く、マイペースにカウンター席に陣取った。
「クリームソーダ一つ!」
「は?」
カウンターのボーイが、女の格好よりも言動に驚いて尋ね返す。
「この人……ユリさんの、連れですか?」
後から女の横に腰掛けたユリに、ボーイが助けを求めるように視線を投げる。
「連れなんかじゃないけど。ウーロン茶にして」
「えー? クリームソーダが飲みたかったのに」
「贅沢言わないで。奢ってやるんだから」
ユリはピシャリと言い放つと、投げつけるようにカウンターにウォン紙幣を置いた。
「あんた、ヒョンスの何を知ってるの?」
ユリは店内の様子に気を散らしている女に、腹立たしげに問いかけた。
「今はまだ何も。でも、これからゆっくり知りたいと思ってる」
ハッと息を吐いて、ユリは嘲笑した。
「付き合いきれないわね。せいぜい頑張るといいわ」
ユリは取り巻きたちの待つフロアの中央へ向かうべく、席を立った。
「適当に遊んで、満足したら帰ってよ。あんたの顔なんか、長い間見ていたくないわ」
「ねぇ、ここの店ってリクエストできるの?」
背を向けかけたユリに、女が問いかける。ユリは素っ気なく、フロアの対面にある、DJブースを指差した。
「ありがと」
女はまたあの不気味な笑みを浮かべると、嬉々として人ごみを掻き分けてDJブースへ駆けて行った。
「変な女」
ユリは肩を竦めて、仲間の待つフロアに向かう。
ノリのいいダンスビートに合わせて身体を揺らし、何もかも忘れてしまいたい。
ガンホのことも。
ヒョンスのことも。
その時、フロアを揺らしていた大音量が鳴り止み、ブースの中では次の曲をかけるべく準備が行われていた。その間に、店内には明かりが灯り、しばしの休息が取られていた。
だが、ブースの中では選曲に時間がかかっているらしく、中々照明が落ちない。ようやく絞られた照明の元、流れてきた曲に、フロアにいる若者全員が呆気に取られたように動きを止めた。