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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
6/219

1-5


 捜査課の空気が、一呼吸置いて急激に色めきたつ。

 スラリと伸びた長い手足。

 捜査課の中では長身を誇っていたチョルスよりも、恐らく高いであろうその身長。彫刻のように整った目鼻立ちに加えて、どこぞの貴族と言っても通用しそうな、気品溢れる佇まい。

 一言で言えば、彼は埃っぽく薄汚れた捜査課には、およそ場違いな人物だった。


「掃き溜めに、鶴だわ……」

「掃き溜めは言いすぎでしょ、姉さん」


 思わず呟いたクムジャの言葉に、突っ込むチョルスも、心なしかいつもの元気が感じられない。


「ほら、チョルス……」


 周囲につつかれて、チョルスはようやくぎこちない仕草で青年の前に歩み出た。


「あ……えっと……うん……あ、よく来たな。俺は、今日からお前と組んで捜査を担当することになった、チャン・チョルス警査だ」

「よろしくお願いします」


 チョルスが手を差し出すと、ミンホは大きな手でその手を握り返し、直角に腰を折り曲げて、深々と律儀に頭を下げた。


「じゃあ、とりあえず署内を案内するから。付いて来な」


 チョルスは軽く咳払いをすると、捜査課の皆の視線を浴びながら、このむやみやたらに目立つ新人警官を連れて、廊下へ出た。



 一時間ほどたって一人で戻ってきたチョルスは、ドッカリと自分の席に腰を下ろし、疲労困憊といった様子で頭を抱えた。


「ねぇ、ねぇ、ミンホ君は? どうしたの?」

「帰しましたよ、今日はとりあえず。明日から取り調べの時、俺の側に張り付けます」

「すっごいハンサムだったわよねぇ。背も高いし、俳優さんみたい。明日から楽しくなるわぁ」

「冗談じゃないですよ!」


 能天気なクムジャの言葉に、チョルスはデスクを叩いた。


「俺たちは潜入捜査だってしなけりゃならないんですよ! あんな目立つヤツ、すぐに顔覚えられて、オトリ捜査にもならないじゃないですか。さっき、ちょっと署内を歩いただけでも、みんなが振り返るんだから」

「やっぱりねぇ。ちょっとやそっとの美形じゃないものねぇ」

「……姉さん、人の話聞いてます?」


 うっとりと目を細めるクムジャの横で、チョルスは大きな溜息をつき、再び頭を抱えた。



 翌日、出勤してきたミンホを連れて、チョルスは取調室に向かった。


「今追ってる事件の資料は読んだか?」

「はい」


 素直なミンホの言葉に頷くと、チョルスは続けて言った。


「俺と、お前が来る前に負傷した先輩で、ずっと追ってたでかいヤマだ。長い時間かかって、ようやく麻薬密売グループの学生組織のシッポを掴んだ。だが、まともな自供はまだ一つも得られてない。これから自供させられるかどうかは、俺たちの腕一本にかかってるんだ」

「はい」


 ミンホは神妙に頷いた。


「よく見ておけよ。お前がこれからやる仕事っていうのは、こういう仕事だ」


 チョルスは鋭い瞳で一瞬ミンホを振り返って言った。


「よぉ、久しぶりだな!」


 取調室のドアを足で蹴破るなり、チョルスは殺伐とした室内のデスクの前に座った少年に向かって声をあげた。


「今日は顔色がいいじゃねぇか。あの辛気臭い面はどうした?」


 チョルスはパイプ椅子を乱暴に引き寄せると、デスクに頬杖をついて怯えたような目を向ける少年と真正面から対峙した。

 ミンホはどうしていいか分からず、チョルスの隣りに立ちすくんでいる。


「何も、話すことなんてない」


 少年は盗み見るようなオドオドした様子で声を上擦らせながらも、チョルスに向かって言った。


「おいおい、それはないんじゃねぇか?」


 チョルスは薄く笑うと、いきなり少年の、伸びかけた地毛で根元が黒くまだらになった髪を鷲掴みにした。


「俺の先輩は、お前に刺されて重傷を負ったんだぜ? 俺の目の前で」

「……あの時のことは、よく覚えてないんだ」


 髪を引っ張られて、少年が苦しげに顔を歪める。チョルスは髪を掴んだまま、少年の顔をデスクに勢いよく押し付けた。


「いいか、よく聞けよ坊や。こっちも仲間をやられてんだ。取調べ中の事故なんか、日常茶飯事なんだぜ。人間の肋骨は、何本だったかな? 俺は頭悪いから、一本一本、折って数えてやろうか?」


 チョルスの手の下で、少年がヒッと息を飲む。それに続けて、別のところからゴクリと唾を飲む音が聞こえてきて、思わずチョルスが振り返ると、ミンホが青白い顔でチョルスを見下ろしていた。

 チョルスは軽く舌打ちして少年に向き直ると、再度頭を強く押さえつけて言った。


「何で、あんなマネした?」


 口を割らない少年に、押さえつけるチョルスの手に更に力がこもる。


「ダンマリを決め込んで、ここで肋骨全部折られるか、それとも潔く白状して、少しでも監獄暮らしを短縮するか。お前に選ばせてやる。制限時間は、三秒だ。三、二、一……」

「え? あ……」

「はい、タイムアウト!」


 チョルスは言うなり、今度は少年の髪を掴んで引き起こし、喉仏があらわになるほど、彼の顔を反り返らせた。



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