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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
50/219

2-23

***


「遅くなってすみません、ナビヒョン」


 ミンホが待ち合わせをしていたカフェテリアに着くと、ナビは心ここに在らずといった表情で、クリームソーダのアイスをストローでグシャグシャにかき回していた。


「ナビヒョン?」


 ミンホがすぐ側まで近付いて初めて、ナビはミンホに気が付いたようだった。


「……ああ」

「どうしたんですか? ボーっとして」


 ミンホが向かいの席に腰掛けながら尋ねる。

 相変わらず、やりすぎなほどに『野暮ったい』格好をしているお陰で、今はカフェテリアの中でも静かにナビと話が出来るようになっていた。


「……ヒョンス、今日も来なかったんだ」

「ああ、そのことですか」


 ナビの言葉に、ミンホも眉根を寄せる。

 ユリをダンスパーティに誘い出すように二人でけしかけたのは、今から丁度一週間前の出来事だった。

 二人に押され気味ながらも、その時のヒョンスは、勇気を出してユリを誘ってみると、気合を入れて帰宅して行った筈だった。

 だが、それがヒョンスの姿を見た最後になった。


 その時、カフェテリアの中に、一際華やかで賑やかな集団が入ってきた。

 さっきまでその辺のテーブルを占領していたサークル仲間たちも、誰からともなくその集団のために席を立ち、場所を空ける。

 その中央には、中でも飛び切り目を引く少女が女王のように君臨していた。

 ミンホの左目が、僅かに細められ、厳しい表情になる。


「ヒョンスと入れ替わるように、あっちのお嬢さんは学校に来るようになりましたね」


 ナビもミンホの視線の先に目をやる。


「イ・ユリですよ」

「ヒョンスと一緒に暮らしてる?」

「暮らしてると言えば暮らしてるで間違いはないんでしょうけど。ヒョンスの仕える、女王様ってところですかね」


 ミンホは皮肉気に口元を歪める。


「まぁ、授業に出るって言ったって、その間はずっと取り巻きたちとしゃべってるか、ネイルの手入れに忙しくて、まともに聞いちゃいませんけどね」


 ミンホはユリから視線を外し、ナビに向き直った。


「……それより、気になることがあります」

「それより?」


 ミンホの何気ない一言に、ナビがピクンッと反応する。


「それよりって、ヒョンスのことより大事ってこと?」

「突っかからないでくださいよ。そんなつもりじゃありません」


 思いがけず過敏なナビの反応に、ミンホが驚きの表情を見せる。


「じゃあ、どんなつもりで言ったんだよっ!」


 子どものように顔を赤くして怒るナビに、ミンホは半ば呆れながらも、周囲に聞かれないように声を落として言った。


「一週間前に、聖水大橋ソンステギョからあがった女子大生の遺体……」

「ああ。チラシ配ってた、あのおばさんの娘さんだろ? 気の毒だったね」


 顔を曇らせるナビの言葉に、ミンホも頷く。


「その彼女ですが、学長の息子のハン・ガンホと付き合ってたらしいんですよ。周囲には、半ば公然の仲でした」

「ユリは?」

「そう、だから、いわゆる三角関係ってやつです」


 ミンホは更に声を潜めて、ナビに顔を近づけた。


「ノ・ミラ……該者の名前ですが、遺体があがったその日から、ユリはこれまでの分を取り戻すかのように、学校に通ってます。ガンホも一緒ですね。反対に、それまで欠席したためしのないヒョンスがずっと姿を現さない」


 回りくどいミンホの話に、ナビが眉を潜める。


「何が言いたいわけ?」

「……おかしいと、思いませんか?」


 ミンホの分厚いメガネの奥の目が光る。


「遺体で上がった相手は、ユリの恋敵。そのユリが、言いなりに出来る相手は?」

「お前、まさかヒョンスを疑ってるの?!」


 思わずガタンッとテーブルを鳴らした勢いで、ナビはクリームソーダの入ったグラスをミンホの方へ倒してしまった。


「うわっ! 何するんですかっ!」


 ミンホのベージュ色のチノパンに、みるみる濃い染みが広がる。

 しかし、ナビは謝ることもせず、顔を真っ赤にして言った。


「信じらんないっ! ヒョンスを疑うなんて。お前、どうかしてるよ」

「疑うことが商売なんで」


 ミンホもハンカチでチノパンの染みを必死になって拭きながら、言い返す。


「遺体があがると同時に、姿を消した人物がいれば、マークするのは当たり前でしょう?」

「ヒョンスはそんなヤツじゃないよ!」

「何でそんなこと言い切れるんですか? 会って間もないのに」

「分かるったら、分かるのっ! 僕、人を見る目だけは確かだ」

「あなたみたいに、勘だけでモノを言っていられたら僕らだって苦労しないんですよ」

「そうやって、誰のことも信用できないなんて、可哀相なヤツだな! だから僕、お前のこと、キライなんだよ」


 ナビの言葉に、ミンホの顔から血の気が引いた。

 スウッと細められた目が、冷たい光を宿してナビを真正面から見据える。


「……キライで結構。僕は僕の仕事をしてるだけです。最初から、あなたとは違うんだ」

「僕と違うって、どういう意味だよ?」

「雨になったら、姿を消す。遊びでやってるんじゃない」


 ミンホは冷たく言い放つと、スッとそのまま席を立った。


「っな?! ちょっと、待てよっ! おいっ!」


 ナビは慌てて立ち上がったが、ミンホは振り向きもせずにカフェテリアを出て行った。




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