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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
49/219

2-22

「僕が、これほど……こんな格好までして目立たないように気を使っているというのに、あの人ときたら!」

「あの人って……ナビのことか?」

「他に、誰がいるっていうんですかっ!」


 ミンホは怒りのあまりズリ落ちてくるメガネを指で直しながら、チョルスに向かって捲くし立てる。


「この前なんか体育の授業で、あの人、バトミントンの試合に出たんですよ。そこまではいいんです、そこまでは。それが、さっさと負けて授業時間内で終わらせればいいものを、ムキになって勝ち進みましてね、バトミントン部の熱烈な勧誘を受けたんです。そこで、あの人ってば、あろうことか学部対抗の試合に出場したんですよ。そんな目立つこと止めろって僕は何度も止めたのに、『男の約束だから』なんて言っちゃって。その上当日になったら、僕にまで加勢しろって言って無理やり試合に引っ張りこんだんですよ!」

「それで?」

「優勝しちゃいましたよっ!」


 頭を抱えて、ミンホが叫ぶ。

 結局お前も、ナビに釣られて本気で試合しちまったんじゃねぇか、とチョルスは喉元まで出てきていた言葉を飲み込んだ。


「……お前も、大変なんだな」


 チョルスは冷静沈着だと思っていた弟分の振り回されっぷりに、ナビの計り知れなさを感じた。


「ところで、チョルスヒョンの方はどうなんですか?」


 ようやく落ち着きを取り戻したミンホの問いかけに、チョルスは一瞬躊躇を見せてから、重い口を開いた。


「……疑いたくはないが、今回の件には内部が噛んでる可能性大だ」

「内部?」


 ミンホが信じられないという目でチョルスを見つめる。


聖水大橋ソンステギョであがった死体……」

明慶大学ウチのノ・ミラですね!?」


 素早く反応したミンホにチョルスが頷く。


「……検視結果が改ざんされてる」

「っな?!」


 大声を出しそうになったミンホの口に、チョルスは慌てて人差し指を当てて制する。


「証拠があるわけじゃない。だが、内部に今回の薬物事件を、隠蔽いんぺいしたい動きがあるのは確かだ。俺はそれを探る」


 厳しいチョルスの視線に合わせて、ミンホも神妙に頷く。

 その時だった。


「チョルスッ! どこで油売ってるんだよっ?! 早く手伝ってっ!」


 店の奥から、フライパンの底をお玉で叩き鳴らしながらチョルスを呼ぶジェビンの声が聞こえてきた。


「は、はいっ! ただいまっ!」


 その途端、チョルスは弾かれたように背筋を伸ばして、その声に答えた。


「え? チョルスヒョン?」


 これまで見たことの無い兄貴分の姿に、ミンホが我が目を疑う。


「悪ぃけど、俺はこれで」

「はぁ……あの、オーサーって医者はどうしたんですか? 彼も店を手伝うって言ってましたよね」


 その途端、チョルスが目を剥いた。


「そうなんだよっ! あの男、調子のいいこと言いやがって。一日も手伝わないで、俺だけ置いてトンズラしやがったっ!」

「チョルスッ! いい加減にしろよっ!」

「はいぃっ! 今すぐ行きます、オーナー様っ!」


 先ほどよりも怒気を増したジェビンの声に、チョルスは慌てて店内に駆け込んで行った。


「……チョルスヒョンも、大変なんですね」


 先ほどまでの眼光鋭い『刑事』の顔をしていたチョルスの、情けない変貌振りに、ミンホは自分の境遇も重ね合わせて、深い溜息をついた。



***



 ナビはいつものように講堂の最前列に陣取り周囲をキョロキョロと見回していた。

 始業時間から五分程遅れて、教授が入ってくる。


「授業始めます」


 胸元のピンマイクに唇を寄せて、テキストのページを指示する教授の声を、ナビは上の空で聞いていた。

 今日も、ヒョンスは欠席だった。

 最初の授業に出て以来、熱心な生徒と誤解され、なぜか教授に気に入られてしまったナビは、教授から入学してから今までのヒョンスの様子を聞いていた。教授によると、ヒョンスはいつも最前列の席を陣取り、入学以来どの授業も一度も欠席することなかったと言う。ヒョンスが主席で入学したというのも、ナビはそこで初めて知った。


「教授っ!」


 授業が終わってから、ナビは廊下で教授を捕まえに走った。


「おう、ユン・ナビ。分からないところでもあったかい?」

「いえ……あの、ヒョンスのことなんですけど」


 ナビが切り出すと、教授も心なしか顔を曇らせた。


「今日でちょうど一週間になります。教授は何か知りませんか?」

「……残念ながら、何も知らんよ。君たちの方が仲がいいんだから、何か知っていたら教えて欲しいくらいだよ」


 教授も抱えた資料をもう一度抱きなおすと、溜息とともに呟いた。


「……また、あのワガママなお嬢さんに振り回されてるんじゃないかね」

「え?」

「英米文学科のイ・ユリだよ」


 教授は眉間の縦皺を深くして、苦々しげに言った。


「コ・ヒョンスは優秀な若者だからね。将来のためにも、あの家は早く出た方がいい」


 そう言うと、教授はナビを置いて、スタスタと歩いて行ってしまった。




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