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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
48/219

2-21

「一斉摘発のタレ込みしたのは、誰だと思う?」


 軽い調子で尋ねるオーサーに、ギョウンは思わず言葉を詰まらせる。


「多分、俺とお前は同じこと考えてるよ。向こうも俺らに気付いたから、先手を打ってきたんだ。警察が彼らを持ってってくれれば、俺らは奴らを上げる証拠に辿りつけない。それどころか、自分たちは身を隠したまま、あわよくば邪魔な俺らも警察が片付けてくれる可能性さえあるからね。聖智大の一件は、奴らのトカゲのシッポ切りだったんだよ」


 ギリッと唇を噛み締めるギョウンに、オーサーはニヤリと笑った。


「悔しい? ペク・ギョウン」


 そう言いながら、ギョウンの額を小突く。


「負け犬人生なんて、プライドが許さないよね。一度でも栄光を味わった人間なんて、みんなそうさ。あの坊やを見てられなかったんでしょ? 今の自分を見てるみたいで、イライラして苛めたくなった? だから、警察に追い詰められた時、見捨てて一人で逃げたりしたんでしょう? 俺に怒られるの分かってて」


 ギョウンが一斉摘発のあった夜、一緒にいたのはコ・ジョンヒョンという名の少年だった。

 彼は聖智大学の学生ではなく、あの雨の夜に『ペニーレイン』傍の廃材置き場にたむろしていた若者の中にもいなかった。その彼が『ペニー・レイン』に来たがった理由は、ただ一つ。

 彼の恋するナ・ジスクという少女が、あの廃材置き場のメンバーの中にいたからだ。

 彼女には既に別の恋人がメンバーの中にいて、彼のことなどまるで眼中に無いというのに。

 丁度、元恋人のミラを追いかけても、相手にされなかった自分のように。


 彼は『ペニー・レイン』へ呼ばれたまま帰らない彼女を追いかけたい一心で、聖智大学のメンバーに何度も掛け合い、ギョウンに連絡を取ってきた。始めは取り合わなかったギョウンやオーサーだったが、あまりにしつこく粘るため、特例的に一度だけ彼を呼んでやることに決めた。だがその矢先に、あの一斉摘発事件が起こり、ギョウンの忠告を無視して、掻き集めた粗悪なクスリの残りを使っていた学生たちが警察へ連れて行かれてしまった。明洞ミョンドンの路地に身を潜めていたジョンヒョンも同様だった。



「『ペニー・レイン』に連れて来ていれば、今頃会わせてやれたのに」


 空港から予約していたレンタカーに乗り換え、郊外へ飛ばす車中でオーサーはさわやかな島の風にウェーブのついた髪をなびかせながら言った。


「会ったって、無駄だよ」


 助手席のギョウンが苦々しげに呟く。


「あの女の男は、あいつじゃないんだから。あの女が待ってるのは、あいつじゃないんだから」

「そうかな? 禁断症状に耐え切れなくて、彼女置いて逃げ出すような男を、彼女が今でも待っているとでも?」

「女なんて、みんな一緒だよ。バカで男を見る目がないんだ」


 ギョウンの言葉に、オーサーはハンドルを握ったまま思わずプッと吹き出した。


「何が可笑しいんですか? 先生」

「いや、ゴメン。そうだね、女は見る目がないよ。お前や、あの坊やが簡単に振られる世の中は、ろくなもんじゃないね」

「全然心がこもってないよ。先生は、失恋したことないからそんなこと言うんだよ」

「どうかな? これでも、人生の機微はそれなりに理解してるつもりだけどね」


 拗ねるギョウンにオーサーは楽しげにアクセルを踏み込む。


「じゃあ、会いに行こうとしようか。そのバカで男を見る目のないお嬢チャンにね」


 二人を乗せた車は、真っ直ぐに伸びた海岸線を横目に、リゾート地の穏やかな風を掻き分けて速度を上げた。



***



「……久しぶりだな、ちょっと、痩せた……ってより、やつれたか?」

「チョルスヒョンこそ」


 ペニーレインの店の前、静かに降り続ける雨を見上げながら、チョルスとミンホの二人は、黒テントの壁にもたれて、何気ない風を装いながら定期報告を行う。お互いがこうして顔を合わせるのは、ミンホがナビと大学に潜入して以来初めてであり、一週間ぶりのことだった。


「……ところでお前……その格好は?」


 チョルスはマジマジと、隣りのミンホを頭のてっぺんから爪の先まで観察する。

 普段は少しクセのある束になった髪を、ペタンと七対三の割合で頭に撫でつけている。水色のギンガムチェックの半袖シャツの裾は、ベージュのチノパンの中にきちんと入れ込んで、仕上げにその上からしっかり黒いベルトを巻いている。漫画に出てくるような、牛乳瓶の底並みに分厚いレンズの黒縁メガネをかけ、ブックバンドで縛ったテキストを小脇に抱えたミンホの姿は、はっきり言って『野暮ったい』の一言だった。

 初めて署に配属されて来た時、クムジャを始め、誰もが振り返るような高貴な美男子の面影はそこには皆無だった。


「……それについては、やむにやまれぬ事情があったんです」


 ミンホは、苦々しげに唇を噛み締める。


「そ……そうか」


 それ以上聞くのもためらわれて、チョルスはなるべく野暮ったいミンホを見ないようにしてやろうと、自分の爪先に視線を落とした。


「それで、どうだ? 調子は?」

「どうも、こうもないですね」


 ミンホは大きく息を吐き出し、それをきっかけに溜まりに溜まった不満を一気にぶちまけた。




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