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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
46/219

2-19

「お帰り、ナビヤァ」

「止めて! 先生っ! ヒゲ痛い、ヒゲッ!」


 もがくナビにお構いなしに、オーサーは頬ずりを繰り返す。


「おい、ふざけるなよ! たったこれだけか?」


 その時、宙に浮いた小さな紙包みを必死の形相で掴み取った若者が怒声を上げた。


「これじゃあ、一人分にしかならないじゃないか」

「そうだよ、ナビヤ一人の命と引き換えなんだから、一人分で合ってるでしょ? 取り引きはフィフティフィフティでなきゃ。それに言ったでしょ? 超最高級品だって。量産できたら、高級品って言わないよ」

「テメェッ!」


 若者は手にしたナイフを振りかざして、オーサーに襲い掛かろうとした。


「これだから、おバカな学生は嫌いなのよ。取引きの何たるかを、分かってないのね」

「黙れっ!」


 そう言うなり、若者はオーサー目掛けて突進してきた。


「ちょっと、ナビをお願い」


 オーサーは慌てる様子もなく、ナビの肩を掴んで傍にいたジェビンに彼を引き渡すと、自分は悠々と若者に向き合った。

 一瞬にして若者の手首を押さえると、身体を反転させて若者を背後から壁に押し付ける。

 捻りあげたナイフを持った手首にほんの少し力を加えただけで、若者は耳をつんざくような悲鳴を上げた。


「もっと欲しいなら、お願いしなきゃ。可愛くね、おねだりしてみなよ。ベッドの中の女の子みたいにさ」

「その辺にしとけよ、オーサー。骨折れるぞ」


 案の定、壁に押し付けられた若者の顔は見る見るうちに青ざめ、額からは脂汗を流している。


「形勢逆転だね。ねぇ、君たちもよく聞いて。リーダーの骨、バラバラにされたくないよね? トベるクスリも欲しいよね?」


 まだ戸口の所で雨に濡れたままパニックになっている若者の集団に、オーサーは声をかける。


「取引きの条件は、簡単だよ。本当に特製だからね、さっきみたいに一度に一人分か、そうだね、君の彼女の分くらいしか上げられない」


 そう言って、一番戸口に近いところで、オーサーに取り押さえられている若者を心配そうに見つめている少女にウインクした。


「嘘だと思うなら、帰って吸ってみて。ロマネ・コンティ級のこのクスリに比べたら、君らが今までキメてたクスリは、1000ウォンの価値も無いって分かると思うから。でも、さっき言ったみたいに量産は出来ないよ。ここにいる、君たちだけの秘密にしてくれなくちゃ、殺到しちゃうでしょ。ああでも、ここにいる全員分も、一気には無理だよ。順番に、一人づつ来てくれなきゃね」

「順番で来たら、必ず最後まで行き渡る保障があるのか?」


 後方にいた若者の一人が声をあげる。


「いい質問だね。それが約束できないから、困ってるんだよ。最後の一人の直前で無くなるかもしれないし、保障は出来ないね」

「じゃあ、順番なんて、どうやって決めるんだ? 行き渡らないことを承知で、最後になるヤツなんていないじゃないか」

「だから、言ったでしょ? 何か忘れてない? これは“取引き”なんだよ」


 オーサーは人差し指を唇に当てて囁く。


「君らが、その1000ウォンワイン以下のクスリをどこから入手したのか、そのまた入手先の相手は、どこから手に入れたのか、出来るだけ詳しい情報を持ってる子から、一人づつ、ここ『ペニー・レイン』へ呼んであげる」


 オーサーは居並ぶ学生たちをグルリと見回して言った。


「簡単でしょ? 俺の気に入る情報だったら、特別に後から彼女一人だけは呼んでもいいよ。ささやかなお礼として、ホテルも一泊プレゼント。キメてヤルと気持ちいいって、君たちなら良く知ってるんでしょ?」

「先生っ!」


 際どいオーサーの物言いに、思わずナビが声をあげる。ナビの過剰な反応を見て、当のオーサーはイシシと笑ってご満悦の様子だ。


「ちなみに、この店は雨の晩だけ開店して、開店場所も神出鬼没。秘密の取引きには持ってこいだから、安心して。ママやパパや学校の先生にバレずに、イケナイことし放題だよ」


 軽薄な口調の誘惑でも効果は充分だったようで、若者たちは欲望に目を光らせて、生唾を飲み込んだ。


「でも、そんなにコロコロ店の場所が変わったんじゃ、どうやってあんたに連絡すりゃいいんだ?」


 急いた質問は、彼らが本気になってきた証だった。


「俺が直接、君らと連絡を取る訳には行かないよね。俺はイケナイクスリを配布する親玉だから。すぐに足がついちゃうでしょ。誰か、いい子を間に挟みたいんだけど……」


 そう言って、若者たちを見回したオーサーの視線の隅で、何かがムクリと起き上がった。

 この状況で皆に忘れ去られていたが、ロマネコンティを飲み干して、危うくジェビンに殺されるところだったペク・ギョウンだった。


「……あれ?……お前、どっかで……」


 ギョウンは朦朧とした意識の中で、まだオーサーによって壁に押し付けられたままの若者を見て言った。


「どっかで、会ったか?」


 首を傾げるギョウンに、若者の方も次第に眉間に皺を寄せる。


「お前……自治会の……ヤツだよな? あれ? お前も……お前も?」


 ギョウンは店の戸口に並んだ彼らにも視線を走らせる。徐々に頭にかかっていた霧が晴れるようだった。



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