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「全治、三ヶ月の重症だ」
三日後、署長室に呼び出された若い警官――チャン・チョルスは、眉間の皺を揉みながら、疲れた表情でそう告げる、署長の言葉を聞いた。
「神経を切っててな。治っても、元のように歩き回れるようになるには、長い時間のリハビリが必要だそうだ」
「俺、待ってます」
即答するチョルスに、署長は苦い表情を浮かべた。
「待ってどうする? 半年か、一年か、いつ終わるかも分からないリハビリの間、お前は遊んで暮らすのか?」
「署内の雑用でも何でもします。ソン先輩のリハビリも手伝います。ソン先輩以外とコンビを組むつもりはありませんから」
チョルスの言葉に、署長はドンッと強くデスクを叩いた。
「事件はどうする? せっかくシッポ掴んだヤマだろう。ヤマが悠長に、ソンが回復するまで待っててくれると思うのか?」
「でも……!」
「これは、命令だ」
署長がピシャリと、チョルスの言葉を遮る。
「明日、お前の新しい相方を決める。分かったな? 分かったらさっさと出て行け。用は済んだ」
怒りに震えるチョルスを冷たく一瞥すると、署長は厄介者を追い払うように、所長室のドアを指差した。
チョルスは鋭い眼光で署長を睨みつけると、奥歯をグッと噛み締めて踵を返した。
「……ったく、狂犬が」
署長はチョルスが部屋を出て行く前、わざと聞こえるようにそう言った。
***
見舞いの花束を持って、病室の前に立つ。
警察官になってから、随分と危ない橋を渡って来たが、幸運にも病院のお世話になるような事態に至ったことはない。
無機質な警察病院の白い部屋が、ドア一枚を隔ててそこにある。
その部屋の中央に置かれたベッドの上には、自分がこのソウル市警で働くようになってからずっとコンビを組んできた、粗野で教養はないが、警察官としてのほとばしる情熱を持った先輩の姿がある。
チョルスは意を決して、病室のドアを開けた。
中では、ベッドの脇で彼を見守っていた彼の妻と幼い娘が、入ってきたチョルスに気付いて振り返った。
「……チョルスさん」
チョルスは二人に向かって、丁寧に頭を下げた。
「先輩の様子は、いかがですか?」
彼女は夫の身体にかかった、白い掛け布団を直してやりながら答えた。
「今はぐっすり眠っています。痛み止めの点滴が効いたみたい」
妻は微笑むと、娘の手を引いて言った。
「私たち、洗い物をするために一旦家に帰ります。何のおもてなしも出来なくてゴメンなさい。でも、ゆっくりしていってくださいね」
男同士の話もあるだろうからと、彼女なりに気を使ってくれたのが分かって、チョルスは申し訳なく思い、再び深々と頭を下げた。
「後、よろしくお願いします」
そう言うと、妻は娘を連れて病室を出て行った。
チョルスは持ってきた花束を慣れない手つきで枕元の花瓶に挿すと、ベッドの脇にあったパイプ椅子に腰を下ろした。
目の前で目を閉じて眠る男は、こうして改めて見ると、出会った頃よりも、随分と年を取ってしまったんだということを実感する。
年中外を歩き回って日に焼けた黒い肌も、病院の白すぎるベッドの上では、くすんでしまい、生気がないように見えた。
「……チョルスか?」
その時、横たわる男が、片目を開けてチョルスを見上げた。
「大丈夫ですか? 先輩」
チョルスが覗き込むと、男は気恥ずかしいのか、照れたように顔を背けた。
「お前、何でこんなところにいる?」
「何でって、先輩のお見舞いに来たんですよ」
「バカヤロ、あのヤマはどうした? こんなところで油売ってる場合じゃないだろ」
「だって、先輩がいないのに」
「ガキみたいなこと言ってるんじゃねぇよ」
男はベッドの中から手を伸ばして、ゴチンとチョルスに拳固をお見舞いした。
「……痛いですよ、先輩」
「痛くしたんだから、当たり前だ」
涙目になって額を押さえたチョルスに、男は続けて言い放つ。
「お前は俺がいなきゃ何も出来ないのか? デカイ図体して、赤ん坊と同じか? 18の年から俺がお前に叩き込んできたのは、何だったんだ?」
高校を卒業してすぐ、ソウル市警に入ったチョルスは、巡査から今の巡警の職に上がるまで、底辺から叩き上げてきた警官だった。同じように高卒で、事件の場数を踏んでドロ臭く生きてきたこのソンという男が、入庁して以来のチョルスの相棒であり、教育係だった。
親子ほど年の離れたこの野放図な先輩を、チョルスは本当の父親のように慕っていた。