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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
39/219

2-12



***



 ヒョンスは明かりを落としたリビングのソファーで、先ほどからジッと時計と睨めっこをしていた。

 ここは、ユリたち社長一家が暮らす母屋で、ヒョンスと父親は同じ敷地内にある離れに暮らしていた。しかし、部下思いのユリの父親の計らいで、いつも夕食は他の住み込みの従業員も一緒に母屋で取ることになっていた。

 今日も夕食を終えた父親は先に離れに引き上げたが、ヒョンスだけその場に残った。幼い頃から成績優秀だったヒョンスは、特にユリの父親に気に入られ、本当の家族同然に可愛がられていたので、こうして遅い時間まで母屋にいても咎められることはなかった。

 却って、高校に上がる頃から急激に素行が悪くなりだした一人娘のユリに代わって、以前にも増してユリの父親はヒョンスに目をかけるようになっていた。

 ヒョンス自身もユリの父親を心から敬愛していたし、目をかけてもらうのは単純に嬉しかった。しかし、それが、ユリを家に寄り付かせない理由の一つなのではないかという思いもあり、複雑な気持ちだった。


 結局今日もユリは夕食の時間まで帰って来ず、ユリの分の夕食は住み込みの家政婦の手によって、キレイにラップがけされ、テーブルの上に乗っている。


 先ほどまでリビングで、ヒョンス相手に最近の政治や経済の話をしていたユリの父親も、一時間前に自室に引き上げた。それまでユリのことには触れず、明るくヒョンスと話していた彼が、リビングを去り際、横目で手を付けられていないユリの分の夕食を見て、深い溜息をついたのをヒョンスは見逃さなかった。眉間を揉む仕草には明らかな疲労の色が見て取れ、もうそれほど若くない彼の身体にかかる、心労の深さを思ってヒョンスは胸を痛めた。


 時計はもうすぐ、0時を回ろうとしている。

 結局今日も、日付が変わる前にユリは帰って来なかった。


 誰もいない深夜のリビングは静まりかえっているが、先ほどからヒョンスの頭の中には、昼間知り合ったばかりのユン・ナビという学生の、ハスキーボイスが大音量で鳴り響いている。

 連れのハン・ミンホという学生も合わせて、風変わりな子だとヒョンスは思った。

 とても大学生とは思えないほど無邪気で自由奔放だが、不思議とナビの言葉には力があった。


(ユリにはヒョンスが合ってるよ)

(あと二週間もあるんだよ! 押して押して押して押しまくれっ!)


 ナビに言われると、不思議と「そうかな?」という気がしてくる。

諦めるな!と背中を押してもらっているような気持ちになる。

 だから、今日はこの場所で、胸をドキドキ言わせながらも、ユリの帰りを待っている。

 ダメで元々の気持ちで、ダンスパーティに誘ってみるつもりだ。


 その時、暗い室内に、カーテンの隙間から車のヘッドライトの明かりが差し込んできた。ヒョンスが窓に駆け寄り外を見ると、門の前に車が止まり、ドアが開く音、閉まる音に続いて、中から二つの影が降りてきた。


「……っ」


 小さい方の影はユリ。

 もう一つの影は、遠目でも分かる。

 ガンホのものだ。


 あちらから見えるはずもないのだから、隠れる必要もないのに、ヒョンスはカーテンを握り締めて、二人の様子を見守る。


 二つの影が一つに重なり合う。

 見慣れている光景とはいえ、ガンホは胸が詰まって呼吸が苦しくなる。

 しかし、今日はいつもとは様子が違った。


 ガンホの黒い大きな影の中に包まれたユリは、ガンホの腕の中から逃れようと身じろぎをすると、ガンホの肩を突き飛ばし、手にしていたハンドバックでガンホを何度も何度も叩いた。

 ガンホの手が伸び、ハンドバックを振り下ろすユリの手を掴む。ユリは首を左右に振って、イヤイヤをするように抵抗する。

 ヒョンスは思わず、窓を開け外へと飛び出していた。


「ユリッ!!」


 大きく叫んで、ガンホから逃げ出して庭の中に駆け込んできたユリを抱きとめる。

 後から追ってきたガンホと、ユリを挟んで対峙する。


「何だよ、運転手」


 ガンホが先ほどまでのユリとのやりとりで呼気を荒げながら、突然現れたヒョンスを見て目を吊り上げた。


「ユリに、何をしたんです?」


 肩を震わせるユリの背中を抱きながら、ヒョンスは声が震えないように腹にグッと力を込めながら言った。


「ただの痴話喧嘩だよ。お前には、関係ないだろ。ユリ、こっち来い」

「イヤッ!」

「おいっ!」

「やめてくださいっ! 警察を呼びますよ」


 ヒョンスはユリの腕を掴むガンホの腕を振りほどいて叫んだ。


「警察だぁ?」

「不法侵入に脅迫、連行してもらう理由はいくらでもあると思いますよ」


 ガンホはヒョンスの顔ギリギリまで自分の顔を近づけて威嚇したが、ヒョンスは目を逸らさずにそれに耐えた。


「っち」


 ガンホは小さく舌打ちすると、先にヒョンスから顔を背けた。


「明日の朝、迎えに来るからな。ユリ」


 そう言うと、庭の芝生の上にペッと唾を吐いて二人に背を向けた。

 ガンホの背中が門の外へ消えた途端、ヒョンスはヘナヘナと足から力が抜け、芝生の上にへたりこんだ。ヒョンスの腕が離れると同時に、ユナは家に向かって駆け出した。


「ユリッ! ちょっと、待ってよ! ユリッ!」


 ヒョンスは慌てて、まだ力の入らない足を踏ん張ってユナの後を追う。


「ユリってばっ!」


 逃げるユリの腕を掴んで振り向かせた瞬間、涙でグシャグシャに濡れたユリの顔がそこにあった。




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