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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
38/219

2-11


 どのくらい走ったのか分からない。

 カフェテリアを出てもしぶとく追いかけてきた女子学生たちを何とか振り切って、ナビとミンホとヒョンスの三人は、旧校舎の空き教室に逃げ込んだ。


「……はぁ……はぁ」


 三人とも肩で息をしながら、そのまま床に倒れこむ。


「……ミ……ミンホ……いったい……ハァ……ッ何なんだよ、あの子たちは……」

「……ハァ……僕に……聞かれても……知りませんよ」


 ミンホは息を整えるために、着ていたポロシャツの胸を掴んだ。


「授業前……から、何か僕を……チラチラ見て……変だなって思ったら……授業、終わった途端に……あの騒ぎで」


 ミンホはようやく上半身を起こして、汗に濡れた前髪をかきあげた。


「……ところで、そちらは?」


 ミンホは、成り行きでここまで一緒に逃げて来たヒョンスを見て言った。


「あ、そうだ! さっき友達になったの。法学部法律学科のコ・ヒョンス」

「友達?」


 ミンホの目が、一瞬警戒の色を宿す。


「ヒョンス、これがさっき僕が言ってた一緒に編入してきたヤツ。僕の子分の、ハン・ミンホ。英米文学科四年生」

「は? 子分?」


 聞き捨てならないというように、ミンホの目が光る。


「クリームソーダ買ってよ」

「突然何の話をしてるんですかっ!」


 脈略が無さ過ぎるナビに、ミンホの声も大きくなる。


「さっき、四年って言ってましたよね? 年……上なのに、子分?」


 今や大分フランクになってきたとはいえ、儒教精神に乗っ取り、年功序列を重んじる国の若者とはとても思えない。ニ学年も上の相手に敬語はおろか神をも恐れない態度で子分扱いするナビの様子を見て、当事者でもないのにヒョンスの方がハラハラして尋ねた。

 するとミンホが、すかさずナビの頭を大きな手で押さえつけるようにして、ヒョンスに向かって愛想笑いを浮かべた。


「ああ、この人ね、本当は僕より一つ年上なんです。三浪なんて親不孝な真似して、ようやくお勤め(兵役のこと)が終わってもこの調子でしょ。こんなナリして大学生なんて、詐欺ですよね? 見た目も中身も中学生でしょ。これじゃ」

「なにをぉ?!」


 ミンホに頭を押さえつけられた状態で、ジタバタと両手を回して暴れるナビは、ミンホの“親分”の貫禄はまるでなく、“子分”とされたミンホは、完全にナビの保護者のようだった。


「……フッ……ハハハ、アハハハハハ」


 二人のやりとりを見ていたヒョンスが、たまらず笑い出した。当の二人は、何を笑われているのか分からなくて、キョトンとした顔でヒョンスを見つめる。


「君たちって、本当に面白いね」


 腹を捩って笑うヒョンスに、ミンホとナビは顔を見合わせる。


「面白い? 僕らが?」

「さっきから、そう言って笑うんだよ」

「面白いのは、あなただけでしょう? 僕はお笑い担当じゃありませんから」

「ハァ?!」

「ほら、また!」


 手を叩いて、ヒョンスの笑いの発作は尚一層激しくなる。


「でも、確かに“お笑い”担当じゃないよね……ミンホ君だっけ……? 君、ダンスパーティの相手決めるの大変だよ、きっと。さっきのあんなもんじゃない。女子の間で戦争が起こるね」

「ダンスパーティって、これ?!」

「あ! あなた、いつの間に」


 途端にナビが目を輝かせ、ポケットの中から皺くちゃになったチラシを取り出した。ミンホは呆れ顔で見守る。


「そう、それ。我が校の伝統行事だからね。ラストダンスで踊った相手と結ばれるっていう伝説のイベントだから。あと二週間、みんなパートナー選びに躍起になってるんだよ」


 ヒョンスの言葉に、ナビはポンッと膝を打った。


「じゃあさ、チャンスじゃん。ユリを誘いなよ、ヒョンス!」


 名案が浮かんだと、ナビは目をキラキラさせてヒョンスを覗き込む。


「……無理だよ。ユリはきっとガンホと……」


 うつむくヒョンスの頬を両手で挟むと、ナビはグキッと音がするくらい乱暴に、無理やり顔を上げさせた。


「何弱気なこと言ってるの? あと二週間もあるんだよ! 押して押して押して押しまくれっ!」

「……あの、全然話が見えないんですけど。ユリって誰ですか?」


 置いてきぼりをくらったミンホに、ナビは明るい声で答えた。


「ヒョンスの片想いの相手」

「ちょ……ちょっと! ナビ」

「ほう、なるほど」


 真っ赤になるヒョンスにはお構いなしに、ミンホも知った顔で頷いた。


「こんなおあつらえ向きなイベントがあるなら、利用しない手はないですねぇ」


 腕を組み、顎に手を当て神妙に頷いてみせる。


「ほらね、ヒョンス。子分もそう言ってる」

「ちょっと、ナビヒョン? さっきからその聞き捨てならない名称は、ひょっとして僕のことじゃありませんよね?」

「お前以外、誰がいるの?」


 悪びれもせずにナビが言う。


「だから、クリームソーダ」

「だからって、何がだからなんですかっ!!」


 ミンホが思わずナビの腕を掴みそうになったその時、ナビの視線が止まった。


「……あ、雨だ」


 ミンホの肩越しに見上げた教室の窓を、ポツリポツリと雨がたたき出した。


「僕、帰らなきゃ!」


 途端にナビは勢いよく立ち上がり、教室のドアへと向かう。


「ナビヒョンッ!!」


 思わず大声で呼んだミンホを振り返り、ナビはほんの一瞬、切なそうに目を伏せた。


「……ヒョン」


 その表情に、ミンホの心臓がドキリと跳ね上がる。普段バカみたいに明るい人間が不意に見せる寂しげな表情は反則だ。ミンホがかける言葉を探しあぐねていると、不意にナビが顔を上げた。


「ミンホ……」


 意味もなくドキドキしながら、ナビの言葉を待つ。


「代返頼む!」


 スチャッと軽い敬礼のポーズを取ると、ナビはハスキーな笑い声を廊下中に響かせて、駆けて言った。


「ナビヒョンッ!!」


 後には怒りに震えながら拳を握り閉めるミンホと、困惑顔のヒョンスが残された。



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