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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
37/219

2-10


「あいつっ!」

「いいんだ、ナビ」


 今にも男の背中に飛び掛っていきそうなナビのシャツを掴んだまま、ヒョンスは首を横に振った。ナビに手伝ってもらって身体を起こす。


「あの女の子、君の恋人じゃないの? あんなヤツに連れてかれちゃっていいの?」


 ナビの言葉に、ヒョンスは自嘲気味に笑いながら首を振った。


「……ユリはそんなんじゃないよ。世話になっている家のお嬢さんなんだ。小さい頃から一緒に育ってきた、幼馴染なんだ」


 ヒョンスはナビと共にカフェテリアまで歩きながら少しずつ話し始めた。

 ヒョンスの家は、彼がわずか二歳の時に母親を亡くし、以来彼の父親が男手一つでヒョンスを育ててきたが、ヒョンスが五歳になった年、折からの不況の煽りを受け、父の勤めていた運送会社が倒産してしまった。食うにも困る生活が続き、途方に暮れていた時、ヒョンス親子はひょんなことから貿易会社を経営するユリの父親に拾われた。ヒョンスの父は住み込みの運転手となり、ヒョンスも一緒に、ユリの家で暮らすようになったということだった。

 ヒョンスたちにとって、ユリの父は貧しい自分たち親子を救ってくれた、命の恩人と言っても過言ではない存在だった。そんな彼の愛娘であるユリもまた、ヒョンスにとって特別な存在になるのは自然なことだった。



 カフェテリアは昼時で混み合っていたが、運よく席を見つけて二人で腰を下ろす。


「あの子も、ここの生徒なの?」

「うん。文学部英米文学科の四年生。同い年だけど、僕は二年間兵役に行ってたからね」

「英米文学科?」


 それなら、ミンホと同じ学科だ。


「どうかした?」

「ううん。一緒に編入したヤツも、英米文学科だったから」


 ナビはメニュー表に視線を落とすと、パアッと顔を輝かせた。


「わっ!? すごい、クリームソーダがある!」


 メニュー表から顔を上げたナビのあまりの喜びように、ヒョンスもつられて笑顔になる。


「ねぇ。じゃあ、あのガラの悪いデッカイのが、ユリの恋人なの?」


 会話の流れを止めたクリームソーダの話題から、自由自在に元の話題に戻って、ナビがストレートに尋ねてくる。ヒョンスは肩をすくめてみせた。


「そうだね……ハン・ガンホって言って、この大学の学長の息子なんだ。アメフトの有名な選手でね。社会人リーグの強豪チームに内定が決まってる四年生なんだ。ユリとは去年の夏くらいから付き合ってる」

「ふぅん……でも、似合わないな。ユリには、ヒョンスの方が合ってるよ」


 ごく自然に出たナビの言葉に嘘はなく、社交辞令でも何でもなく本気でそう思ってくれていることが分かり、ヒョンスはありがたいような切ないような複雑な気持ちになった。


「……僕は、ダメだよ。ユリは綺麗だしね」

「確かに美人だけど、ヒョンスだってカッコいいよ。少なくとも、あの顔面色黒お化けより、数百倍ハンサムだね」


 一度見ただけのガンホの特徴を、顔面色黒お化け――というネーミングで表現したナビの微妙なセンスに、ヒョンスは先ほどまでの居た堪れない気持ちを忘れて思わず吹き出した。


「ピッタリでしょ?」


 ナビはヒョンスにウケたと勘違いして、エヘヘと得意気に笑った。


「……でも、やっぱり僕はダメだよ。僕はユリの子分みたいなものだから」

「子分?」

「じゃなかったら……下僕、かな」


 思い切り自分を卑下してみせたのに、ナビは思いもかけない反応を見せた。


「いいね! 子分。僕も欲しいっ!……いや、いたっ!」

「へ?」


 的外れなナビの言葉に、ヒョンスの目が点になる。


「とりあえず、このクリームソーダ買わせるだろ。それで、それで……」


 手をグーのカタチにして、口元を押さえてグフグフと笑う。ワケが分からないながらも、ナビがあまりにも楽しそうなので、ヒョンスも付き合って愛想笑いを浮かべる。


「ヒョンッ! ナビヒョンッ!」


 その時、カフェテリアのドアが開いて、聞きなれた声がナビの名を呼んだ。


「噂をすれば……遅いぞ、ミンホ!」


 そう言って顔を上げた時、ナビは思わず仰け反った。


「ミンホ……お前、何やってるの?!」


 ナビがそう言うのも無理はなかった。

 汗だくでカフェテリアに入ってきたミンホの後ろには、何人いるのか、もはや数えるのも困難なほどの女子学生の群れが出来ていた。


「ハン・ミンホシー、お昼は私と!」

「何言ってるのよ、私が先よっ!」


 狭いカフェテリア内は、途端にミンホを追いかけてきた女子学生たちで埋まる。


「逃げますよ、ナビヒョンッ!」


 言うなり、ミンホはナビの腕を掴んだ。


「え? あ……おい!」


 ミンホに引きずられるまま席を立ち、出口へと向かう。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!! ミンホシー、どこへー?!」

「どきなさいよ、あんたっ!」

「ちょっと、足踏まないでよっ!」


 途端に、大混乱に陥る店内。


「ヒョンスッ! 君も来てっ!」


 ミンホに腕を引っ張られながらも、ナビは人垣の間から頭しか見えないヒョンスを呼んだ。ヒョンスも女子学生たちを掻き分けて店の外へ出た。



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