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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第2章【スコールワルツ】
33/219

2-6


***


「うっわー!! すごい!! 見て見て!」


 学生課で編入手続きを終えてキャンパスを歩き出してから、ナビは終始この調子だった。

 蔦の絡まる校舎をキレイだとウットリ眺めていたかと思えば、運動部の部室棟の向こうにサッカー場があるのを見つけて、自分がどんなにサッカーが好きで得意であるかをミンホに向かってとくとくと言って聞かせた。

 初めの内こそ、ナビの感動に付き合っていたミンホだったが、やがて面倒になり、「はあ」とか「へえ」とか、気のない相槌を打つようになった。それでもナビは気にならないらしく、あっちへフラフラこっちへフラフラしながら大はしゃぎだった。


 まるで小学生の遠足だ――


 ミンホは変装用に掛けたメガネをずり上げると、前を歩くナビの、黒く戻した髪のせいで、元々の肌の白さが目立つうなじを眺めた。

 子どものような言動と、小柄で華奢な危なっかしい容姿、何かあったら本当に自分が身を呈して守らなければならない。

 『ペニーレイン』でナビが客に絡まれた時、咄嗟にワインボトルとナビの間に割って入ったあの時のように、ナビは年上だと威張るが、出逢った時からミンホには、この子どものような男を守らなければならないという、説明できない使命感のような感情が湧いてくるのを感じていた。

 特に今は、ナビがべったりとくっついている、あの『ペニーレイン』のオーナーで実兄でもあるジェビンから、捜査のためとは言え無理やり引き離して連れて来ているのだ。言わば、保護者から預かって来た身。何があっても無傷で帰さなければならない。


「……っあ!」


 そんな矢先、ミンホの視界から突然ナビが消えた――と思ったら、何もないところで思い切り転んで、ナビは顔から地面に突っ伏していた。


「あーもー、前見て歩かないから」

「いってぇ……」


 顔面から突っ込んだせいで、鼻の頭が擦りむけている。

 用意のいいミンホは、すかさずポケットから絆創膏を取り出した。


「じっとして」

「イイよ、恥ずかしいから」

「恥ずかしいのは絆創膏じゃなくて、あなたの落ち着きの無さです」

「何をー!!」

「はい、できた」


 ナビの顔の真ん中に絆創膏を貼り終えると、ミンホはパンパンと手を払って立ち上がった。


「ほら、まだ手続きは終わってないんですよ。明日から早速授業に参加するんだから、今日中に教材も購買で全部揃えなきゃならないし、ホテルの部屋へ運ぶのに二人じゃ無理だから、車も借りて来ないとならないし。やることは山積みです」


 雨の日は『ペニーレイン』に帰す――


 そういった約束だったが、晴れの日の寝床は、二人で安いホテルの一室を借りることになった。そこから、地下鉄の駅を二つ乗り継いで、しばらくの間大学に通う。


「……学食は?」


 座り込んだままのナビが、恨めしそうにミンホを見上げる。先ほどナビは、部室棟の中にあったカフェテリアを見て、目を輝かせていた。正直ミンホにとっては、自分が通った警察大学校のカフェテリアの方がよほどキレイであったし、また、学食のメニューなどたかがしれていて、その辺のファミレスと大差ないことも知っていた。だから、この程度のものに目を輝かせるナビが理解出来ないとは思いつつも、この程度のものでもこんなに楽しみを見出せる彼を少し羨ましく思った。

 敢えて今日寄らなくても、これから毎日通えば、嫌でも学食に入る機会はあるのだろうが、ナビのワクワクしている今の心中を察してミンホは言った。


「購買で教材を買ったら、お昼にしましょう」


 ミンホの言葉に、ナビは立ち上がって「いやっほう!」と叫ぶと指を鳴らした。


「早く行こうぜ、ミンホ!」


 ついさっきまで自分が座り込んでいたくせに、再びテンションを上げて歩き出そうとする。


「ナビヒョン、待って! 中庭通って行った方が近道です」


 ミンホはナビの肘を掴んで方向転換させる。

 できれば、兄貴ヒョンなどと呼びたくはないが、年上には違いなく、ナビもそれに物凄くこだわるので、未だに舌を噛みそうになりながら、『ナビ兄貴ヒョン』と呼ぶように意識している。


 中庭を通ると、休講情報や学生への事務連絡などが張られた掲示板の前に、何人かの若者がそれぞれグループを作って、ビラを巻いていた。

 好奇心旺盛なナビは、自分からそのグループに近付いて行き、ビラをもらって来た。

 ナビが手にしたビラのうち、一枚は『聖書講読会』、一枚は二週間後に開催されるという学内ダンスパーティの案内チラシだった。


「ダンスパーティって、HIPHOP?」


 僕、得意! そう言って目を輝かせるナビに、ミンホはバッサリと言った。


「社交ダンスでしょ。どう考えても」

「何でさ? HIPHOPの方がノリノリで楽しいじゃん」

「あなたみたいに、お一人様で楽しむ分にはね。男女ペアで踊るのが目的なんですから。あなたには、今まで縁のないダンスだったかもしれないけど」


 思わず毒づくミンホに、ナビはムキになって言い返す。


「じゃあ、お前はあるわけ? 社交ダンスの経験が? 女の子と?」

「ありますよ」


 シレッとミンホは答える。


「大学の卒業パーティーでは、踊るのが恒例になってましたから」


 圧倒的に男子学生が多い警察大学校の卒業パーティでは、その際に恋人をダンスのパートナーとして呼ぶのがステイタスになっていた。特定の恋人はいなかったミンホだが、相手には不自由しなかった。結局、隣りの女子大でもナンバー1の美人と評判だった相手の方から、猛烈なアタックを受け、ペアを組んだ。卒業パーティ後もその女性からは熱烈なアプローチをもらったが、二年間の参謀本部での兵役義務についたミンホに女性を構う余裕などなかった。


 いや、これは性格の問題かもしれないと、ミンホは冷静に自己分析する。現に、大学の同期たちは皆、韓国の若いカップルが直面する過酷な兵役期間の間での別れを経験しながらも、兵役を終えて半年もしないこの間で、それぞれ仕事もこなしながら、ちゃっかり彼女も作っているのだから。



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