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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
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1-25

「ちょっと待て! お前はじゃあ、学生から集めた情報で、黒幕の正体を知ってるのか?」


 どんどん話の本筋と脱線する周囲の状況を引き戻そうとチョルスが声をあげると、オーサーは首を傾げながら、「半分正解で半分不正解」と笑った。


「決定的な証拠は無いよ。俺が持ってるのは、トカゲの尻尾ちゃんたちから集めたリストだけ」


 そう言って、胸ポケットから折りたたんだ紙切れを取り出す。


「名づけて、シッポちゃんリスト」

「そのまんまだし!」


 緊迫した空気を忘れてしまったかのように、ナビが明るい声で突っ込みを入れる。

 事実オーサーが長い指の間に挟んでいるその紙切れには、几帳面な小さなハングルで『シッポちゃんリスト(末尾にはハートマークまで付けて)』と記されていた。


「それ、見せろ!」

「別にいいけど。もう、隠す必要もないし」


 オーサーが興味なさげにテーブルの上にその紙切れを投げ出すと、チョルスがそれに手を伸ばすよりも早く、ナビが飛んできた。


「待って!」


 ナビはオーサーの紙切れを奪い、胸に大事そうに抱えてジッとチョルスとミンホを見据えた。


「ジェビニヒョンのことも、先生のことも、もう疑ってないよね? 先生はわざと麻薬密売人みたいな真似をして、何人も麻薬中毒の学生を救って来たんだよ。ジェビニヒョンも、そんな先生を応援していただけ。人助けをしたんだよ。だから、逮捕したりしないよね?」

「それは、全部の取調べが済んでからだ。こんな大事なこと勝手に警察に黙って進めてたんだ。しょっぴく理由が完全に無くなったわけじゃない」

「やだっ!」

「やだって、お前なっ!」


 青筋を立てながらナビに手を伸ばしてきたチョルスを、ナビはひらりとかわして、店の中を駆け出した。


 やっぱり猫だ――。

 兄貴分が目の前でてんてこ舞いする様子を見ながら、ミンホの脳裏はそんな不謹慎な思考を紡ぐ。


「この野良猫っ! いいから、早くそのリストを寄こせ!」


 チョルスも同じことを感じている。

 妙なところに関心している間にも、チョルスは店の床をキュッと靴の底で鳴らして、そんな猫を追いかける。


『狂犬』と『野良猫』の追いかけっこ。

 思わずクスリと笑いを漏らしそうになり、ミンホは慌てて椅子から立ち上がった。


「待ってください」

「ッキャンッ!!」


 いきなり目の前に立ちふさがったミンホの胸に弾かれて、よろける猫の腕をミンホはがっちりと取り押さえた。


「何すんだよっ!? 離せ、デカイのっ!」

「僕はデカイのって名前じゃありません。ハン・ミンホって名前があります」

「そんなの知らないよっ!」


 ナビは必死に身を捩ってその腕を振りほどこうともがくが、ミンホはビクともしない。


「落ち着いてください。僕らも、あの人がやっていたことを、ついさっき目の前で見ました。だから、絶対に悪いようにはしません。だけど、あなたがそうやって必要以上に捜査の妨害をするなら、僕らも黙っているわけにはいかないんです」


 ミンホはナビの手首を握ったまま、その幼顔を覗き込む。


「あなたが、オーナーや先生を大切に思ってることくらい、僕にも分かりますよ。だからこそ、僕らのことを信じてください。僕らはあなたたちを、捕まえたいんじゃない。ただ、事件の手がかりを知りたいんです」


 ね?――


 そう言って、首を傾けるミンホに、ナビは尚も悔しそうに唇を噛み締めていたが、やがて真っ赤な顔をしたまま、渋々コクリと頷いた。


「……ありがとう」


 ミンホはそう言って、ナビの強く握り締められた拳を少しづつ開いていく。拳の中でグシャグシャになったオーサーのリストを受け取り、ミンホはチョルスと二人でそれを広げた。

 リストには、氏名、年齢、大学・学部名、男女の別、連絡先の携帯番号など、詳細な個人情報が網羅されていた。驚いたことに、大学名は神隠し事件が流行っていた『聖智大学』だけでなく、ソウルを代表するそうそうたる名門大学の名も記されていた。名前の横には赤鉛筆でチェックが入っており、所々、そのチェックが飛んでいた。


「『ペニー・レイン』に呼ばれる前に、おたくらにしょっ引かれた学生も多いよ。ついこの前の一斉摘発でも、随分情報網を持ってかれて苦労したんだから」


 そう言われてみれば、リストの真ん中辺りでは、大人数のチェックが飛んでいる部分があった。


「チョルスヒョン! この名前……」


 ミンホはリストの中に、見覚えのある名前を見つけてチョルスを見上げた。


 コ・ジョンヒョン――


 拘置所でチョルスの先輩、ミンホの前任であるソン警査を刺し、ここ数日ミンホが周辺を洗っていたあの彼だった。


「その子は、異色だよ。そもそもクスリの土壌になってる大学の生徒じゃないからね。だけど、随分熱心にアプローチしてくるもんだから、一度呼んでみようかって思ってたところで、おたくらに持ってかれた」

「……それで、ソン先輩を刺したって訳か」


 チョルスがリストを目で追いながら、忌々しげに舌打ちする。



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