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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
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1-23

「こいつの闇討ちのせいで、兄貴ヒョンの大事な弁当が全滅でしたっ! 以上!」

「や、闇討ちって……」


 反論しようと口を開きかけた瞬間、ジェビンの凍るような視線に射抜かれて、ミンホの心臓も止まりそうになる。


「お前ら、二人とも天誅っ!」


 そう言うや否や、どこから出したのか、銀色に輝くお玉で、二人の頭をリズムよく、スコンッスコンッと叩いた。


「……っ!!」

「ギャンッ!!」


 二人仲良く悲鳴を上げて、頭を押さえる。


「ジェビン、悪かったよ。俺からも謝るから。捜査の途中で、このボーイさんが来たもんだから。ミンホも悪気はなかったんだ。勘弁してくれよ」


 見かねたチョルスが間に入ると、ジェビンはようやくお玉を引っ込めた。


「ここで張ってたってことは、もうバレてるんだろ?」


 ジェビンは溜息をつきながら、相変わらず獣じみた叫び声の耐えないドアの向こうを見やった。


「場所を移そうか? ここじゃ話もできないから」




 数分後、四人の姿は早々と店仕舞いした『ペニーレイン』の中にあった。


「どこから話せばいいのかな?」


 カウンターの中で、ジェビンはナビにティーカップを用意させ、自分はアールグレイの缶を取り出しながら静かに言った。


「最初から、全部だ。全部話せ」


 急かすように先を促すチョルスに苦笑しながら、ジェビンは言った。


「きっかけは、ある日偶然、さっきの廃材置き場で、たむろしてた学生の集団を見つけたことから始まったんだ」


 ナビが用意したカップにゆっくりと紅茶を注ぎながら、ジェビンが続ける。


「去年の9月くらいだったかな。その時も、秋の雨を避けるのに丁度よくて、この高架橋の下にテントを広げようとしてた。それで、ナビに周囲を点検しに行ってもらったんだ。いつもやることだけど、俺らみたいな水商売には厳しい縄張り争いもあるからね。知らずに誰かのシマを荒らしたりしないように、店を広げる前に下見は欠かさないのさ」


 その時、カウンターの向こう、テントとキャンピングカーを繋ぐ通路から、まるで話に加わろうとでもするかのように、灰色の猫が現れた。


「オンマが最初に見つけたんだよ」


 ナビは痩せぎすの猫を抱き上げて、そっと優しくそのみすぼらしい毛並みを撫でた。


「夕方、開店前にオンマと一緒に探検してたら、学生の集団がゾロゾロあの廃材置き場に入っていくのを見たんだ。身なりもしっかりしてて、髪を染めてるようなヤツもいなくて、真面目そのものの普通の大学生。最初は、サークルか何かのキャンプかと思ったんだ。だけど、あんな廃屋でキャンプやってるのなんか見たことないし、そいつらの様子も、妙にコソコソビクビクして、怪しかった。だからこっそり、窓から覗いてみたんだ」


 また、あなたは!


 ミンホは思わずそうたしなめたくなったが、周囲の手前それをグッと我慢した。好奇心旺盛なのは結構だが、こんな場面では時としてそれは命に関る。


「変な匂いがした」


 その時のことを思い出すように、ナビが顔をしかめる。


「匂い?」

「開いた窓の隙間から漏れてきた。お香に似てるけど、すごく嫌な匂い」


 その時、ナビの腕の中で大人しくしていた猫が、急に身じろぎをしてナビの手から逃れ、対角線上にある店のソファーの上に陣取ってしまった。


「今みたいに、匂いに反応したオンマが暴れたんだ。それで、覗いてたのがバレちゃった」


 実際にその現場に居合わせた訳でもないのに、ミンホはドキドキと胸が騒ぐのを感じた。

 何て無茶な人なんだろう。


「逃げようとしたけど、捕まって……そしたら、オンマが兄貴ヒョンのところまで、助けを呼びに行ってくれたんだ」


 灰色の猫は赤いソファーの上で、「当然だ」とでも言うように、優雅な仕草で耳の後ろを掻いた。


「オンマはいつも、僕を助けてくれるんだよ」


 そんな猫の姿を見て、ナビも誇らしげに微笑む。

 話の本筋からずれ始めたナビの話を、ジェビンが引き取って続ける。


「それで、その時店に来てたオーサーも一緒に、廃材置き場に駆けつけた。奴らを見て一目で、クスリをやってるって分かった。でも、そこまでなら、別に珍しいことでもなかった。客の中でも、何人もヤク中の奴らは見てきたからね。小奇麗な身なりをしてたって、ヤクをやる人間の目はいつも同じだから。そうだよな?」


 ジェビンがそう言うと、いつの間にか入口のところに立っていたオーサーが、音もなく店の中に入ってきた。全身、雨のせいか汗のせいかびしょ濡れだった。


「あの男はどうした?」


 チョルスが立ち上がってオーサーを振り返ると、オーサーはナビから投げてもらったタオルで顔を拭きながら、くぐもった声で答えた。


「今は眠ってる。安定剤が切れたから、取りに戻ったんだ。長丁場になるから、ちょっと休憩しなきゃ俺も持たない」


 タオルから上げた顔には、疲労の色が滲んでいた。


「それで、その学生たちとはその後どうしたんだ?」

「早速取り調べ? 容赦ないな」


 オーサーは苦笑しながら、奥のテーブル席のソファーにグッタリと身体を投げ出した。



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