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「こいつの闇討ちのせいで、兄貴の大事な弁当が全滅でしたっ! 以上!」
「や、闇討ちって……」
反論しようと口を開きかけた瞬間、ジェビンの凍るような視線に射抜かれて、ミンホの心臓も止まりそうになる。
「お前ら、二人とも天誅っ!」
そう言うや否や、どこから出したのか、銀色に輝くお玉で、二人の頭をリズムよく、スコンッスコンッと叩いた。
「……っ!!」
「ギャンッ!!」
二人仲良く悲鳴を上げて、頭を押さえる。
「ジェビン、悪かったよ。俺からも謝るから。捜査の途中で、このボーイさんが来たもんだから。ミンホも悪気はなかったんだ。勘弁してくれよ」
見かねたチョルスが間に入ると、ジェビンはようやくお玉を引っ込めた。
「ここで張ってたってことは、もうバレてるんだろ?」
ジェビンは溜息をつきながら、相変わらず獣じみた叫び声の耐えないドアの向こうを見やった。
「場所を移そうか? ここじゃ話もできないから」
数分後、四人の姿は早々と店仕舞いした『ペニーレイン』の中にあった。
「どこから話せばいいのかな?」
カウンターの中で、ジェビンはナビにティーカップを用意させ、自分はアールグレイの缶を取り出しながら静かに言った。
「最初から、全部だ。全部話せ」
急かすように先を促すチョルスに苦笑しながら、ジェビンは言った。
「きっかけは、ある日偶然、さっきの廃材置き場で、たむろしてた学生の集団を見つけたことから始まったんだ」
ナビが用意したカップにゆっくりと紅茶を注ぎながら、ジェビンが続ける。
「去年の9月くらいだったかな。その時も、秋の雨を避けるのに丁度よくて、この高架橋の下にテントを広げようとしてた。それで、ナビに周囲を点検しに行ってもらったんだ。いつもやることだけど、俺らみたいな水商売には厳しい縄張り争いもあるからね。知らずに誰かのシマを荒らしたりしないように、店を広げる前に下見は欠かさないのさ」
その時、カウンターの向こう、テントとキャンピングカーを繋ぐ通路から、まるで話に加わろうとでもするかのように、灰色の猫が現れた。
「オンマが最初に見つけたんだよ」
ナビは痩せぎすの猫を抱き上げて、そっと優しくそのみすぼらしい毛並みを撫でた。
「夕方、開店前にオンマと一緒に探検してたら、学生の集団がゾロゾロあの廃材置き場に入っていくのを見たんだ。身なりもしっかりしてて、髪を染めてるようなヤツもいなくて、真面目そのものの普通の大学生。最初は、サークルか何かのキャンプかと思ったんだ。だけど、あんな廃屋でキャンプやってるのなんか見たことないし、そいつらの様子も、妙にコソコソビクビクして、怪しかった。だからこっそり、窓から覗いてみたんだ」
また、あなたは!
ミンホは思わずそうたしなめたくなったが、周囲の手前それをグッと我慢した。好奇心旺盛なのは結構だが、こんな場面では時としてそれは命に関る。
「変な匂いがした」
その時のことを思い出すように、ナビが顔をしかめる。
「匂い?」
「開いた窓の隙間から漏れてきた。お香に似てるけど、すごく嫌な匂い」
その時、ナビの腕の中で大人しくしていた猫が、急に身じろぎをしてナビの手から逃れ、対角線上にある店のソファーの上に陣取ってしまった。
「今みたいに、匂いに反応したオンマが暴れたんだ。それで、覗いてたのがバレちゃった」
実際にその現場に居合わせた訳でもないのに、ミンホはドキドキと胸が騒ぐのを感じた。
何て無茶な人なんだろう。
「逃げようとしたけど、捕まって……そしたら、オンマが兄貴のところまで、助けを呼びに行ってくれたんだ」
灰色の猫は赤いソファーの上で、「当然だ」とでも言うように、優雅な仕草で耳の後ろを掻いた。
「オンマはいつも、僕を助けてくれるんだよ」
そんな猫の姿を見て、ナビも誇らしげに微笑む。
話の本筋からずれ始めたナビの話を、ジェビンが引き取って続ける。
「それで、その時店に来てたオーサーも一緒に、廃材置き場に駆けつけた。奴らを見て一目で、クスリをやってるって分かった。でも、そこまでなら、別に珍しいことでもなかった。客の中でも、何人もヤク中の奴らは見てきたからね。小奇麗な身なりをしてたって、ヤクをやる人間の目はいつも同じだから。そうだよな?」
ジェビンがそう言うと、いつの間にか入口のところに立っていたオーサーが、音もなく店の中に入ってきた。全身、雨のせいか汗のせいかびしょ濡れだった。
「あの男はどうした?」
チョルスが立ち上がってオーサーを振り返ると、オーサーはナビから投げてもらったタオルで顔を拭きながら、くぐもった声で答えた。
「今は眠ってる。安定剤が切れたから、取りに戻ったんだ。長丁場になるから、ちょっと休憩しなきゃ俺も持たない」
タオルから上げた顔には、疲労の色が滲んでいた。
「それで、その学生たちとはその後どうしたんだ?」
「早速取り調べ? 容赦ないな」
オーサーは苦笑しながら、奥のテーブル席のソファーにグッタリと身体を投げ出した。