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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
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1-21


 遠くの方で明かりを灯す『ペニーレイン』と、高架橋の上を行き交う車のライトくらいしか周辺に目立った光源はないため、その揺れながら近付いてくる明かりは酷く目立った。

 不安定に左右にユラユラ揺れながら、徐々に近付いてきたその明かりが自転車のライトだということが分かるまで、しばらく時間がかかった。

 油が切れているのか、キコキコと軋んだ音をさせながらその自転車をこいでいたのは、『ペニーレイン』のボーイ、ナビだった。


 傘を差しながらの片手運転のため、あんなにもフラフラユラユラ危なっかしい走行だったのだと納得する。その上、自転車の前の買い物カゴには、パンパンに食材を詰め込まれたタッパーがうず高く詰まれ、それがますます彼の自転車のバランスを奪っていた。


 鼻歌を歌いながら自転車をこぐ彼は、廃屋の前でキュッとタイヤを鳴らして自転車を止めた。

 かごの中のタッパーを取り出し、相変わらず危なっかしい足取りでフラフラと歩くナビは、真っ直ぐ廃材置き場の入口へと向かった。ナビの位置からは陰になっていて、チョルスやミンホの姿は見えていないようだった。


「っあ!」


 思わず声をあげたのは、チョルスだった。

 ミンホが闇の中を飛び出し、真っ直ぐナビの元へ飛んでいくと、背後からナビの口を塞いだ。


「……んぐぅ?!」


 驚いたナビは、手にしていた食材の入ったタッパーを全て取り落とした。


「ん……んんぅ!!」


 抵抗するナビの口を塞いだまま羽交い絞めにして、ミンホはナビを入口から遠ざけるためにズルズルと引き摺って、チョルスと二人で身を隠していた廃材置き場の影に連れ込んだ。


「お前っ! 勝手に何やってるんだ!」


 ナビを引き摺って戻ってきたミンホに、思わずチョルスの怒声が響き渡る。


「シッ! チョルスヒョンッ!」


 ミンホにたしなめられて、チョルスも慌てて口を噤む。


「だって、もしかして、中で予想通りの……あの……いかがわしいことが行われてたら、そんな現場を、この人に見せるわけにはいかないでしょう?」

「だからって、俺の指示も仰がないで勝手な真似しやがって……」


 ブツブツと説教を始めようとしたチョルスだったが、ミンホに口を塞がれ、顔を真っ赤にして苦しげにしているナビに気付き、ミンホの腕を叩いた。


「おいっ! 早く離してやれっ!」


 ミンホもそこでようやく我に返り、ようやくナビの身体を拘束していた腕を解いた。


「ぶはっ!!」


 口を塞ぐミンホの大きな手が離れた途端、ナビは大きく息を継いだ。


「いきなり何すんだよっ! この野郎っ!」


 振り返ったナビがミンホに掴みかかろうとしたその瞬間、再びミンホの手でそのハスキーな甲高い声を発する口を塞がれてしまった。


「んんーっ!!」

「お願いだから、静かにしてください。静かにするって約束してくれたら、この手を離します」


 ナビは再び顔を真っ赤にしながらミンホを睨みあげたが、息苦しさには適わず、口を塞ぐミンホの手を叩いて頷いた。

 ミンホの手が、そっと離れる。


「一体、何なわけ? 何で、あんたたちがこんなところにいるんだよ?」

「それは、こっちのセリフだ、ボーイさんよ」


 ミンホを押しのけて、チョルスがズイッと前に乗り出す。


「あんたこそ、店を離れてこんなところに何しに来た? 自転車で運んでたあの食料は?」

「僕は、出前に来ただけだよ」

「出前だと?」


 ナビは眼光鋭いチョルスにも臆することなく、唇を尖らせて胸を張った。


「仕事中の先生に夜食を運んでるんだよ。ジェビニヒョンの特性弁当だよ。あんたたちのお陰で全滅だよ。どうしてくれんの? 僕が兄貴ヒョンに怒られるんだからね」

「先生の仕事って……お前、この中でヤツが何してるのか知ってるのか?」


 チョルスの問いに、ナビは口を噤んで、曖昧に目を逸らした。


「おいっ! 質問に答えろ。お前も、ジェビンも、ヤツが何してるか知ってて協力してるんなら、同罪だぞ」

「同罪?」


 ピクリとナビのコメカミが動く。


「ドラッグの密売と……」


 言いかけて躊躇するミンホの肘を、チョルスが突く。


「強姦の幇助ほうじょです」

「……密売と……強姦?」


 ガラス玉のように澄んだ目が、キョトンと見開かれる。自分よりも年上だと知ってからも尚、ミンホはいたいけな子どもに大人の汚い世界を覗き見させたような、嫌な感覚を抱いていた。

 だが次の瞬間、ナビは弾かれたように笑い出した。


「ブハハハハハッ! 先生、本当に信用ないんだね。だけど、よりによって、強姦って……ック……フハハハハハハ」


 両手で口を塞いで必死に笑いを堪えているが、ほとんど効果は無いようで、ナビは身体を二つ折りにして、こみ上げる笑いの発作を耐え忍んだ。


「何が可笑しいんだ?」


 怪訝な顔をするチョルスとミンホに向かって、ナビは笑いすぎて目に涙を溜めながら、きっぱりとした口調で言った。


「先生は密売や強姦なんかしてないよ。確かに、変態だけど、あんたたちが思うような犯罪者じゃないよ」


 そう言って、ナビは立ち上がった。


「来れば分かるよ」


 ナビはクイッと指を曲げて、二人に着いてくるように促した。チョルスとミンホは仕方なく、ナビの後について廃材置き場の中に入ることにした。



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