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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
番外編②【After the Rain】
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After the Rain-1-





 雨上がりの、空に誓う……









「……お前、仕事は?」


 『ペニー・レイン』のカウンター席に陣取り、先ほどから出されたつまみに手をつけることもなく、カウンターの中で働くナビを、穴が開くほど見つめ続けるミンホに、ナビは呆れ顔で尋ねる。


「ちゃんと終わってきましたよ。今日は日勤でしたから」

「なら、いいけど……そんなに毎日来なくても……」


 何をするわけでもないのに、カウンター席から毎日熱視線を送られては、居心地が悪くて堪らない。


「……なんか、デジャブ」


 そう言って、不意に二人の間に割り込んで来たのは、なぜかミンホの隣りの席に腰を下ろした、今日もお馴染み『ペニー・レイン』の常連客、オーサーだった。


「ナビがまだ子猫ちゃんだった時、センセーの家で同じ会話したような……」

「は?」


 聞き捨てならないセリフを吐く軽薄な男に、ミンホの眉間に深い皺が刻まれる。


「うーうん、こっちの話ぃ。ねぇ、ヤだよねー、束縛彼氏」


 そう言うと、オーサーは凄味の利いた視線から逃れて、カウンターの向こうにいるナビに向かって、ニッコリと微笑みながら言った。


「あんまり束縛すると、逃げられちゃうよぉ。猫は自由を愛する生き物だから」

「はぁ?! 元はと言えば、あなたが変なモノ作るから!」


 身を乗りだし、面白いくらいオーサーの挑発に受けて立つ姿勢を見せたミンホに、横顔を向けていたオーサーの口角が上がる。


「ねぇ。三年も効果があると思わなかったよ。やっぱり俺って、天才なんだな」


 クルリとミンホを振り返って笑うオーサーに、ミンホは堪らず声をあげた。


「よくもヌケヌケとっ!」

「その間に、婚約者まで作っちゃうとは思わなかったけどー」


 痛いところを突かれて、ミンホがグッと言葉に詰まる。


「……それは、だって……」

「先生、もういい加減にしてよ」


 これ以上見ていられないと、ナビが止めに入る。

 いじめすぎたか――とペロッと舌を出したオーサーは、少しだけ声のトーンを優しく変えて言った。


「まあ、愛の力で思い出しちゃうあたり、君の執念を感じるけど、ね」


 だが、その声は、ミンホの耳には届いていなかった。


「……三年も……僕のせいで」


 カウンターに置かれたミンホの手は、微かに震えている。


「ミンホ……」


 ナビがカウンターから手を伸ばし、その手をそっと握る。


「おい、お前ら」


 その時、混雑し始めた店内で、一人忙しく働いていたジェビンが、遂に見かねて声をかけた。


「邪魔だから、表に出てろ」




 ナビに手を引かれて店の外へ連れ出されたミンホは、逆にその手を強く引いて、ナビを腕の中に閉じ込めた。

 まだ微かに震えが残る身体で、抱きしめる腕に力を込める。


「僕のせいで、三年も……」

「二年半だよ」

「同じことです! 一日だって、あなたをあんなところへ入れたくなんてなかった」


 すべてを思い出した後、ナビが自分の身代わりになって服役したと知った時、ミンホのショックは計り知れなかった。


 警官の座など、捨ててもいい――

 いまさらだが、自首して、ナビの無実を証明する――


 そう言って聞かないミンホを、ナビやジェビン、チョルス……みんなが総がかりで必死になって止めた。


 結局「ナビの気持ちと、お前と離れていたこの三年間を無下にするな」というチョルスの一言で、ようやく気持ちを落ち着けたが、事あるごとに、ミンホはそれを思い出し、今のように激しく落ち込む日々だった。


「僕が勝手にやったことだよ。それに、友だちも出来たし、結構楽しかった」

「友だち?」


 あっけらかんととんでもないことを口にするナビに、ミンホの脳裏には、かつて潜入捜査のために、一緒に明慶大学で過ごした日々がよぎる。

 思えばあの時から、自分はナビのこうした天真爛漫さに、知らずに惹かれていたのだった。


「それに、チョルスヒョンが、陰から色々助けてくれてた」

「……そうですか」


 アメリカにいる間、どんなに食い下がっても、チョルスがミンホに口を割ることはなかった。捜査資料を渡すことさえも。

 チョルスはナビの想いも事の真相も知っていただけに、そうした行動を取ったのだと今なら分かる。

 そのうえで、ナビのサポートに回っていたことも。

 だが、いくら記憶を失くしていたとはいえ、自分だけ蚊帳の外に置かれ守られていたようで、ミンホはやり切れない。

 あれだけ自分が守ると決意したナビに、こんな形で守られていたなんて。

 ひとり、悔恨に浸っていたミンホは、知らずにナビを抱く腕に力がこもっていたようで、腕の中でナビが苦し気に身じろぎした。


「あ、ごめんなさい」


 ミンホは慌てて腕の力を緩めた。


「……ミジュさんが、来たんだよ」


 少しできた身体の隙間から、ナビがやっと息をついて告げる。  

ミンホはようやくナビを離して、その目を見つめた。


「いつ?」


 気まずそうにそう尋ねるミンホに、ナビは静かに答える。


「アメリカに帰る前の日。わざわざ会いに来てくれた」

「……そうですか」


 ミンホはそう言うのが精いっぱいだった。

 彼女が韓国を発つ前、最後に会った時、ミンホは誠心誠意、彼女に頭を下げた。

 お互い、親に半場強制的に押し付けられた相手とは言え、アメリカで彼女と過ごした日々が消える訳ではない。


 ずっと心ここにあらずの状態だった自分と、彼女はどんな思いで一緒に過ごしていたのか。

 だが、記憶を取り戻した以上、彼女とともに生きる未来を選ぶことは出来なかった。


「……僕、聞いたんだよ。お前、ミジュさんのお父さんを怒らせて、仕事は大丈夫なの?」


 そう尋ねるナビに、ミンホはきっぱりと言った。


「僕のことは心配要りません。もともと、後ろ楯なんてなくたって、僕は僕の実力で勝負しますから」


 あまりにも毅然とした態度に、却ってナビの方が不安になる。


「あんないい話、断るなんて……」

「本気で言ってるの?」


 ナビの一言に、ミンホの声に怒気がこもる。


「あなたにだけは、そんな風に言われたくないよ」

「……ごめん」


 本気で怒るミンホに、ナビが弱々しく詫びる。

 そんなナビをミンホは再び強く抱きしめた。


「もう、勝手に僕の前からいなくなったり、身を引こうなんて思わないで。二度と……そんなことしないって、約束してください。あなたが側にいてくれれば、僕は何でも出来るんだ」


 ナビの肩に顔を埋め、懇願するようにそう呟くミンホの背に手を伸ばし、ナビは優しくさすってやる。


「あなたを忘れている間、ずっと心が死んでるみたいだった」


 抱き締めた温もりに大きな身体を預けて、子どものようにすがりつくミンホを、ナビはそのまま、気が済むまで優しく甘やかしてやった。











番外編②【After the Rain】開始です。

2人の再会後の後日談――全7話になります。

よろしくお願いします!

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