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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
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1-19


「馬鹿ね、刑事さん」


 女学生は初心うぶなミンホの胸を小突いて笑った。


「察しが悪すぎるわよ。理由なんか、デキちゃったからに決まってるじゃない」

「デキ……?!」


 途中まで言いかけて、ようやく意味を理解したミンホは途端にカッと頬を染めた。


「妊娠したから……逃げたと?」

「そうよ。みんなそう言って噂してる。気持ち悪いくらい、結束してる奴らだって言ったでしょ? まあ、真面目な顔して、クスリ使って乱交パーティなんかするような連中だから、誰の子だか分かりゃしないけど」


 思いも寄らないような衝撃的な内容に絶句しているミンホの前で、女学生が指を折って何やら数え始めた。


「……六……七、八……去年から姿を消した“自治会メンバー”の数よ」

「同じ大学で、そんなに大勢の学生が消えたら、家族だって黙っていないでしょう? なのに、警察に捜索願も出ていないなんて」

「甘いわよ、刑事さん。うちの大学をどこだと思ってるの? ソウルでも一二を争う、ブルジョアの集まり、“ザ・世間体”を何より大事にする一族出身の奴らばかりよ」


 こう見えて、私もね。

 そう言って女学生は艶っぽく笑う。

 なるほど、彼女も“自治会メンバー”を馬鹿にしながらも、ご他聞に漏れず、親元を離れてハメを外している典型例なのだと、ミンホは納得した。


「それに、家族へのフォローは、駆け落ちコーディネーターがソツなくこなしてるから」

「駆け落ちコーディネーター?」

「ペク・ギョウンよ。ヤツだけ逃げのびてるでしょ?」


 ミンホの記憶の回路が、女学生が出した名前を瞬時に弾き出す。

 それは、明洞ミョンドンの路地裏で、ジョンヒョンと一緒にいるところを取り逃がした男だった。


「ヤツが、駆け落ちカップルの家に行って事情を話して丸く治めてきたのよ。幾ら貰ってるんだか知らないけど。捜索願いなんか出して騒ぎ立てて一族の恥を晒すより、どこかでひっそりと堕ろして帰って来てくれた方が、家族にとってもありがたいのよ。本音のところではね。男と別れさせるなり、責任取らせるなりは、帰ってきてからの話だしね」


 女学生はいい加減しゃべり疲れたと言うように、欠伸混じりにミンホを見上げた。


「ところで刑事さん、最初にジョンヒョンのこと言ってたわよね。あいつ、今どこにいるの?」

「彼は、拘置所の中です。摘発の日に、一緒に」


 ミンホがそう言った途端、女学生はブッと噴き出した。


「バッカみたい! あいつ、“自治会メンバー”どころか大学生でもないくせに。まあ、バカだけど、ジスクに付きまとった結果と思えばヤツも不幸よね。巻き込まれたようなもんだから」


(“溜まり場”の奴等じゃ、ダメだ……)

(“溜まり場”の仲間じゃない俺が、やっと……やっと頼んで、ようやく『ペニー・レイン』に行けるようになったんだ。俺が、ジスクを助けに行かなくちゃいけないんだ)


 取調べの際に、ジョンヒョンが訴えていた不可解な言葉が蘇る。


「最後に一つ聞きたいんですが」


 ミンホは真っ直ぐに女学生を見つめて言った。


「『ペニー・レイン』という名前に、聞き覚えは?」



***



「今の学生ってのは何を考えてやがるんだか」


 ミンホの報告を受けたチョルスは、ハンドルを握ったまま、咥えていたチビた煙草を苦々しげに噛んだ。


「“学生自治会”は、大学創立当初から見られた由緒ある組織で、簡単に言ってしまえば、購買等の管理から始まり、学園祭等の学校行事の統率、大学全体に関する学生の自治権を行使する学生団体だそうです。各学部から成績優秀者が集まることでも有名だそうです」

「それで、自分たちでクスリを回してパーティも主催するって? 大した自治権の行使だな」


 鼻で笑うチョルスに構わず、ミンホは続ける。


「聖智大学の失踪者は、昨年の9月から始まって、今年の5月のナ・ジソクまで、計八人、四カップルです。いづれも捜索願いは出ていません。それどころか、家族から休学願いが出ています」

「ブルジョアってのは、何を考えてやがるんだか」


 先ほどと良く似た悪態をついて、チョルスは開けた窓から、唾と一緒に吸い切った煙草をペッと吐き出した。


「ナ・ジスクのルームメイトの彼女は、『ペニー・レイン』の存在を知りませんでした」

「だろうな。だが、堕胎手術だったら『リー先生』のお得意分野だろうよ。その“駆け落ちコーディネーター”だっていう、ペク・ギョウンと組んで、馬鹿な学生どもの手助けをした可能性は大だな」

「チョルスヒョン」

「ん?」


 ミンホは真面目な顔で、ハンドルを握るチョルスの横顔を見つめた。


「どうしても、コ・ジョンヒョンが拘置所で言ってた言葉が気になるんですが」

「“溜まり場の仲間じゃない俺が……”ってヤツか?」

「はい」


 ミンホは頷く。


「彼は“溜まり場”、つまり“自治会メンバー”の連中の内、選ばれた者だけが、上質な『エデン』を貰うために『ペニー・レイン』へ行けるって言ってましたよね」

「上質な『エデン』とやらが本当に実在するかは怪しいぞ。仲間の手前、堂々と「堕胎しにいく」とも言えないだろう。『エデン』は失踪の口実じゃないのか。本当に『エデン』を手に入れに行ったなら、一人くらい仲間の元に帰って来て、その上質なブツを撒いたって良さそうなもんだ」

「僕もそう思います。だけど彼は、メンバーでない自分がようやく行けるようになったと言ってました。それが本当なら、堕胎に困ったカップルでもない彼が『ペニー・レイン』に呼ばれる理由が分かりません」


 ミンホの言葉に、チョルスはニコチンの苦味が残った口元を曲げて、うーんと唸ってしまった。



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