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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第7章【嵐の夜に】
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7-20


「待って! 痛いよ、ミンホッ! 痛いってっ!」


 腕を掴み、無理やりナビを引きずるように歩くミンホに、ナビは先ほどから必死の抵抗を試みる。だが、子どもが大人に抗うようで、手加減のないミンホには何の効果も無かった。


「約束しましたよね。僕のものになるって」


 抑揚のない声で、ミンホは告げる。


「あなたを今から、僕のものにします」


 ミンホの本気を知って、ナビの顔から知らず血の気が引いていく。

 こんなに本気で怒ったミンホを、ナビは見たことがなかった。

 いつも何だかんだ文句を言いながらも、ミンホは負けてくれた。自分に譲ってくれていた。それは、ミンホの余裕だったのだ。


 だが今、その余裕を無くしたミンホは、剥き出しの心でナビを求めている。

 それに抗うことなど、不可能だ。


「嵐が、来るよ」

「でしょうね」


 ただならぬミンホの気配に怯え、思わずそう告げるナビに、ミンホは振り向きもせずに短く答えた。 


「あなたは猫で、僕は『狂犬』の相棒だから」


 キョトンとするナビに、手首を掴むミンホの力が強くなる。


「あなたが、教えてくれたんじゃないですか。猫は雨を呼んで、犬は風を呼ぶんでしょ?」


 ミンホは歩みを緩めぬまま、ナビを振り返って言った。


「僕ら二人が出逢ったら、嵐が起きない筈がなかったんだ。だからもう、あなたも覚悟を決めて。二人一緒に、この嵐に巻き込まれるまでです」



 ミンホは抵抗するナビを連れて、半場強引に一番近くにあった安いモーテルに入った。


 フロントに座る初老の女は、揉み合いながら嵐の夜に現れた、この男同士に見える珍客を一瞬奇異な目で見上げたが、商売柄、訳アリな二人など見慣れていると言った様子で、簡単に部屋の鍵を渡してくれた。


 ナビの背中を押して部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた途端に、ミンホは今閉めたばかりのドアにナビを押し付ける。


 ドンッ――と激しい音がしてドアとミンホの身体の間に挟まれたナビは、顎を掴まれ、屈み込んだミンホに下から掬い上げられるように唇を塞がれた。


「……ッン」


 有無を言わさずミンホの舌がナビの口内を激しく侵していく。

 小さな拳でドンドンとミンホの胸を叩いて抵抗すると、反対にその手を捉えられ、両手でドアのところに縫い付けられてしまった。


「ッン……フッ……ッウンッ」


 次第に涙まで溢れだし、呼吸もままならず苦しくなる。

 顔の角度を変えて、口内をくまなく貪るミンホが動く度に、彼の長い睫毛がナビの瞼や頬をくすぐった。


 息を乱しながらミンホがようやくナビの唇を離した時には、唾液が透明な糸になり、ツゥ――ッと二人の間を繋いでいた。


 ミンホは黙ったままナビの腰を掴むと、そのままナビを引き寄せ、大人が小さな子どもにそうするように、組んだ自分の両腕の上に抱え上げた。

 下半身をピタリと密着させられた羞恥にいたたまれなくなりながらも、逃げ場のないナビはバランスを保つために、ミンホの肩に縋るしかない。


 ナビを見上げるミンホは、その視線を外さぬまま足早に部屋の奥に進み、ナビを抱えた姿勢のままベッドに倒れ込んだ。


 雨に濡れた二人の身体を、白いシーツの海が大きく波打って受け入れる。


 ナビの上に乗り上げたミンホが一度大きく頭を振ると、雨の滴が飛んで、ナビの頬を弾いた。

 その滴を、ミンホが親指で拭う。

 何度も何度もミンホがナビの頬を親指でなぞると、それに呼応するように、ナビの瞳から涙が溢れだす。


「これじゃ、いくら拭いてもキリがないですよ」


 ミンホの言葉に、ナビも泣き笑いの表情を浮かべる。

 その親指に自身の指を絡ませ、ナビはそのままそっと唇を寄せた。


 それを合図に、ミンホはナビの濡れたシャツに手をかけた。






「……ンッ、フゥ……ンンッ、……ッア、ハァッ」


 うつ伏せでシーツを掴むナビの唇から、抑えきれない喘ぎが漏れる。


「アッ……ヒョンッ……ナビヒョンッ!!」


 後ろから激しくナビを貫くミンホは、上擦った声でナビの名を呼び続ける。

 ナビの目から零れ落ちる涙が、身体を揺さぶられる度、パタパタとシーツに染みを作っていく。


「……ヒョンッ、名前……呼ん……でっ、僕の……名前を、呼んで……っ!」


 ナビの腰を掴みながら、ミンホは切れ切れの声で哀願する。だが、翻弄される快楽に意識を飛ばしかけているナビには、なかなか伝わらない。


 苦しげに喘ぎ続けるナビのために、ミンホは少しだけ動きを緩めて、その頬に手を伸ばす。ようやく振り向いたナビの瞳は涙で濡れて光り、明かりのない部屋の中で、黒く輝いていた。


 ミンホはそのままナビの腕を掴んで身体を引き起こすと、繋がったまま二人が向き合うように、ナビの身体を反転させた。


 対面で抱き合ったまま、雨と汗で濡れたナビの髪を掻きあげてやる。

 癖のない黒い髪は白い額やうなじに張り付き、それだけでミンホを堪らない気持ちにさせる。


「ヒョン……お願いです。僕の、名前を呼んで」


 ミンホの言葉に、まだ呼吸が乱れたままのナビは、それでも彼の耳元に唇を寄せ、その要求に答えた。


「……ミンホ」


 その瞬間に、ミンホはグンッ――と自身をナビの中に深く突き進めた。


「ンアッ!」


 驚いたナビが、ひときわ高い声を漏らす。


「ヒョンッ、ナビヒョンッ」

「ック、ンッ……ミンホッ……ミンホッ」


 下から何度も何度も突き上げられ、ナビはミンホの汗で滑る裸の背に爪を立てた。

 ミンホはそのまま、ナビの雨の形をかたどった、滴型のピアスが埋まる左耳に舌を這わせる。


「ッ痛ッ!」


 ガリッと脳に響く鈍い音がしたかと思った次の瞬間、鋭い痛みがナビを襲い、思わず声を上げる。


「……な……に?」


 何が起きたのか理解できないナビの前で、ミンホはプッ――と、口に含んだ輝く雨の滴を吐きだした。

 9年もの間、皮膚に癒着して外せなかった、自分がサンウの『所有物』であるあかし、首輪代わりのあのピアスを。



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