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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
19/219

1-18

「ところで、聖智大への聞き込みの成果は?」

「あ! はい」


 ミンホは慌ててダッシュボードから、ここ何日かで調べ上げた調査結果をまとめた資料の束を取り出した。


「あの学生が言ってた、『ジスク』って子の件ですが」

「ああ、“神隠し”にあったって言う、あの坊やのコレか?」


 小指を立てて見せるチョルスに、ミンホは複雑な顔で話の先を続ける。


「どうやら、そうでもないみたいで」


 ミンホは、拘置所内で警官を刺した少年がずっと訴えていた『ペニーレイン』から帰って来ないという少女の足取りを追うため、彼女が籍を置く聖智大学女子寮を訪れた時のことを思い出していた。



***



「どんな些細なことでも構いませんから、知っていることを教えてもらえませんか?」


 インターホンを鳴らしてからややあって、ドアが開く。 

 聞き込みの途中で閉め出されないように、相手が部屋から出てきたらまず靴の爪先をドアの間に挟めとチョルスに教わった通り、ミンホは長い足を突き出してドアの間に踏み込んだ。しかし、部屋から出てきた女学生はミンホの予想とは大きく外れた行動をとった。


 彼女はミンホの顔を見るなり、ドアを閉めるどころか全開に開け放して、彼の腕を取って部屋に招き入れるような体勢をとったため、ミンホは逆に下着姿に等しい彼女一人の部屋に踏み込まないように、突き出した足に力を入れて踏ん張らなければならなくなった。


「ちょっ……話は、ここでも出来ますからっ!」

「あんた、本当に刑事さん? すんごいいい男」


 女学生は自慢の胸を擦り付けるようにミンホの腕にしな垂れかかってくるので、ミンホの額からは嫌な汗が噴出した。こんなところを誰かに見られたら、誤解されて痛い目に合うのは自分の方だ。長年積んできた経験から導き出す、自分の容姿が招く様々な災難のシュミレーションを瞬時に頭の中で組み立てて、ミンホはドアに手をついて、彼女の身体を部屋の中に押し込んだ。

 代わりに自分は、見えない壁でもあるかのように、一歩も部屋に入らずドアの前に仁王立ちになる。


「あなたと同室だった、ナ・ジスクさんのことですが……」


 ミンホは咳払いをしてから、気を取り直して、改まった口調で本題を切り出した。


「やっぱり、その話。一斉摘発があったからね。来るだろうなぁとは思ってたのよね」


 部屋の中にミンホを招き入れることに失敗した彼女は、うんざりしたように肩を竦めた。


「コ・ジョンヒョンという名に聞き覚えはありますか?」


 ミンホが問うと、女学生はハッと嘲笑するように息を吐いた。


「知ってるも何も、ジスクのストーカーじゃない」

「ストーカー?」


 ミンホが出したコ・ジョンヒョンという名前は、拘置所内で警官を刺したあの少年のものだった


「ジスクさんは、彼の恋人だったんでは?」

「恋人ぉ?」


 ミンホの言葉に、女学生は大げさに目を見開いてから、次いでゲラゲラと笑い出した。


「あいつは恋人なんかじゃないわよ。ジスクが高校生の頃、隣りの工業高校にいたあいつに、帰り道でも待ち伏せされて随分迷惑してたって聞いたわよ。大学に入ってからも何かといっちゃ付きまとって。この部屋にも何度も押しかけてきて、ウザいったらないっての。まあヤツも、ガリ勉でダサいジスクなんかのどこがそんなに良かったのか分からないけど」


 ねぇ? そう言いながら「私の方がいいでしょ」と言わんばかりに、薄い部屋着に隠しきれない豊満な肉体をさりげなく誇示しようとする彼女を、ミンホはさらりとかわしながら話の先を促す。


「5月から、彼女が帰っていないと聞きましたが?」


 今は6月の半ば。少年の話が本当ならば、もう一月以上もルームメイトは帰ってきていないことになる。普通で考えれば特異な状況であるはずなのに、少しも動揺した様子もない女学生を、ミンホは探るような目で見つめる。


「さあね。駆け落ちでもしたんじゃないの?」

「駆け落ち?」


 あまりにも突飛な発言に、ミンホが思わず食いついた。その反応を心良く思ったのか、女学生は一気に身を乗り出して話し始めた。


「ここだけの話、ジスクには他にいい男がいたわけ。同じ大学のヤツなんだけどね。成績は良くって将来有望、定職もないジョンヒョンなんかとは大違い」


 ミンホの耳に息を吹きかけんばかりに唇を近づけて、女学生は続ける。


「そんな彼が消えたのは、4月。後を追うように、ジスクが消えたのがその一ヶ月後。ね? 怪しいでしょ」


 女学生は更に一歩ミンホに近づいて囁く。


「去年から、“学生自治会メンバー”の駆け落ちが流行ってるのよ。ジスクも、ジスクの彼もそうだしね。前から、自治会メンバーでクスリやってるんじゃないかって噂にはなってたけど、まさか本当だったとはね。この前の一斉摘発は、結構衝撃だったわよ」


 好奇心を隠そうともせず目を輝かせて語る彼女に内心辟易しながらも、ミンホはもう少しで引き出せそうな有力情報のために、不快感を堪えて食い下がる。


「その駆け落ち騒動とやらを、もう少し詳しく教えてください」

「だから、“自治会メンバー”って、男も女もジスクみたいなガリ勉タイプが寄り集まってるから、傍から見たら気持ち悪いくらい、結束力が固いわけ。だからこそ、昔からカップル率も高いんだけどね。そんな中でデキてたカップルが、去年から何組か続いて駆け落ちしてるの。男と女と、微妙に時間差を開けてるから、表向きは分からないんだけどね。だけど、大体男の方から先に姿を消してるから、逃げる準備を整えて、女を呼び寄せてるんだと思うわ」

「なぜ、逃げる必要が?」


 仮にも名門の呼び声高いこの大学で、金に不自由しているとも思えない、ましてや“自治会メンバー”になるほどの優秀な学生カップルが、逃げなくてはならない理由などミンホにはどうしても思いつかなかった。



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