7-3
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ドアが開く音に同時に振り返ったジェビンとオーサーの目に、雨を従え、しっとりと肩や髪を濡らしたミンホが、店の戸口にたたずむ姿が飛び込んできた。
「お前っ!」
先に飛び出していったのはジェビンだった。
「何でこんなことっ、お前が着いていながらっ!」
「ジェビン、落ち着いて」
容赦なくミンホに飛び掛っていくジェビンの腰を捕まえ、オーサーが必死に抑えようとするが、ジェビンはミンホの襟首を締め上げ、力任せに揺さぶった。
「何で黙って行かせた?! たった一人で、あいつをっ!!」
「ジェビンッ!!」
オーサーが叫ぶ。
「探しにいかなきゃ……」
ミンホの襟首を掴んでいた手を離し、踵を返そうとした時初めて、されるがままになっていたミンホが、不意に片手でジェビンの拳を掴んだ。
ギリッと骨の軋む音がして、ジェビンの美しい顔が歪む。
「……何するっ……」
「思い出したんです」
ミンホはジェビンの拳を押さえたまま、低い声で呟いた。
「僕は本当は、あなたがナビヒョンに出逢うずっと以前から、彼を知っていた――全部、分かったんです」
無意識に、ジェビンの拳にめり込ませていた指の力が強まる。
「だからあの人は、どこまでも僕が追いかけます」
ジェビンは苦痛を訴えるのも忘れて、思い詰めたようなミンホの表情を凝視する。
その時、不意にミンホの胸ポケットから、けたたましい音が鳴り響いた。
ジェビンへの縛めを一端解いて、ミンホはその音の原因が収まった胸ポケットに無造作に手を入れる。
『ハン警衛っ! 応答せよっ! ハン警衛』
ミンホが無線機の通話ボタンを押した途端に、ノイズ交じりの割れた声が静かな店内に響き渡る。
「……はい。こちら、ハン・ミンホ警衛です」
ミンホは眉を潜めながら、警戒するように口元に無線機を当て、低い声で応えた。
『ノ・ヒチョル警査が銃撃されたっ!』
その途端、無線機の向こうで、ミンホやユノの同僚である捜査課の先輩職員の混乱しきった声が上がる。
『銃撃犯は、ソン・ドンファ警査。現在、逃走中……どうぞ』
その名前を聞いた時、ミンホは思わず手にした無線機を取り落としそうになった。
『緊急配備を敷く。至急、署に戻れっ!!』
「……了解」
力なく無線機を切り、まるで助けを求めるかのようにジェビンとオーサーの顔を交互に見た。
二人とも、何が起きているのか理解できていないという表情だった。
「緊急事態なんです。すみません。一端、署に戻ります」
ミンホは軽く頭を下げた後、ジェビンたちに問いかけられる前に急いで店を出た。
ソン・ドンファ警査――実際に会ったことはなくても、その名は嫌というほど聞かされてきた。
(チョルスは入庁した時からそのソン先輩にベッタリでね、それこそ金魚のフンみたいに、どこにでも付いて回ってた)
いつかのクムジャの言葉を思い出す。
チョルスヒョン――
脳裏に兄貴分の顔を浮かべながら、ミンホは無線機を胸ポケットに押し込み、店の前に止めてあった車に乗り込んだ。
*
ミンホが戻ると、署内は混乱の極地に達していた。
「クムジャ姉さんっ!」
騒然とする皆を掻き分け、いつも捜査課一のしっかり者として有名だったクムジャの肩を掴む。
「……ミ……ミンホ君」
振り返ったクムジャの顔は、これまでに見たこともないくらい青ざめて震えていた。
「何があったんですか?」
ミンホが問いかけても、らしくなくオロオロと視線をさ迷わせるばかりで、結局要領を得なかった。
その時、捜査課のドアを蹴破る凄まじい音を立てて、息を切らせながらチョルスが飛び込んできた。
「どういうことですかっ?! ソン先輩がっ……」
勢い込みすぎて咽てしまい、その先は言葉にならなかった。
皆、それぞれの職務に没頭するフリをして、何となく気まずそうにチョルスから視線を逸らしていた。
「おいっ!! 答えろよっ!」
そんな様子に焦れたチョルスが、手近なところにいた仲間の肩を押すが、誰もまともにチョルスに答えてやる者はいなかった。
「姉さんっ!!」
チョルスはミンホと一緒にいるクムジャの姿を見つけて、つかつかと歩み寄ってきた。クムジャは目を逸らすのが一歩遅かったと、悔いるように唇を噛み締めて俯いている。
「姉さんっ!! ねぇ、どういうことなんですか? ソン先輩が……」
「チョルス……」
肉に食い込むほどの強い力で肩を掴まれたクムジャが、痛みに顔をしかめる。
「だって俺、明け方まで先輩と一緒にいたんですよ。スンミさんとはついさっきまで。朝飯までご馳走になって……何かの間違いじゃ……」
「チョルスヒョン、落ち着いて。まずは、姉さんを放してあげてください」
ミンホにそう言われて、初めてチョルスはハッとしたようにクムジャの身体を解放した。
「……ミンホ、お前も聞いたか?」
「ええ。何が何だか分からないですけど」
ミンホも混乱している状況を素直に伝えた。
顔を真っ赤にして俯いていたクムジャだったが、チョルスの背後に立つ警察署長の姿を捉えると、自分はスッと脇に避け、チョルスに顎で背後を示した。
「え?」
振り返ったチョルスに、署長は厳しい表情で向き合った。
「チャン警査」
改まった調子でチョルスの名を呼ぶと、署長は咳払いを一つしてから、堅い声で言った。
「今朝未明に、捜査課のノ・ヒチョル警査が休職中のソン・ドンファ警査に銃撃された。ノ警査は警察病院に運ばれて治療中だ」
「なぜそんなことっ!?」
「それは今、我々も全精力を追って調べている。だが、ノ警査が銃撃されたのは事実だ。目撃者もいる」
「……目撃者?」
チョルスが血の気を無くした唇で繰り返すと、署長は捜査課のドアを振り返り、鋭い声で命令した。
「入れ」
先ほどチョルスが蹴破ったせいで半分開いていたドアの隙間から、長身の男が背中を丸めながらおずおずと現れた。