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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
16/219

1-15


 最後の一人が倒れた頃には、チョルスもミンホも流石に息を切らしていた。


「どうする? おたく、一人になったけど」


 チョルスがミンホに取り押さえられたまま振り回され、苦しげに息を切らしている男に向かって言った。


「勝ち目ないって、分かるよな?」


 男は悔しげに唇を噛んで、チョルスを見上げる。


「兄貴っ!!」


 その時、突然店のドアが開き、先ほどよりも強くなった雨音が、ダイレクトに店内に流れ込んできた。


「……覚えてろよ、お前ら」


 男は苦々しい口調で吐き捨てると、乱暴にミンホの腕を振りほどいた。

 チョルス、ミンホ、オーサー、ジェビン、ナビに取り囲まれたまま、一歩一歩出口へと向かって歩かされる。

 あと一歩で店の外へ、というその時、男が不意に立ち止まった。

 振り向いた瞬間、一番近くにあったテーブルの上の殻になったワインボトルを手にして、大きく頭上に振り上げた。

 その狙いの先には、その時男の一番側にいたナビの顔があった。


「危ないっ!!」


 一瞬の出来事に、誰もが――ナビでさえも固まって動けない中、ミンホは咄嗟に男とナビの身体の間に飛び込んでいた。


 バリーンッ!!


 グラスが割れる派手な音が、店内に響き渡る。


「ミンホッ!!」


 チョルスが叫ぶ。

 割れたグラスの破片を浴びながら、ミンホの顔や服は真っ赤なワインで流血したように汚れた。


「この野郎っ!」


 言うなり、チョルスは地面を蹴ってそのまま男のアゴに強烈な回し蹴りを食らわせた。衝撃で、男の身体が床に倒れる。倒れた男の襟首を捕まえ、チョルスはそのままズルズルと床を引き摺り、店の出口から男を雨の降りしきる外へと放り出し、音を立ててドアを閉めた。


「だ、大丈夫?! ねぇ!」


 チョルスが振り返ると、うずくまるミンホを、すっかり狼狽しながら覗き込んでいるナビの姿が見えた。


「おい、平気か?」


 チョルスもミンホの元に駆け寄りその様子を覗き込む。


「……大丈夫です。ちょっと……軽く、眩暈がする……だけ」


 チョルスはワインでベタベタに汚れたミンホの髪の中に手を突っ込み、ボトルの破片のガラスを払ってやった。


「出血はないみたいだな。石頭で良かったな。さっきの頭突きも、何気に効いてたみたいだし」


 チョルスが笑うと、ミンホも痛みに顔をしかめながら片頬を引き攣らせて笑った。


「とにかく、手当てしなきゃ。こっちへ……」


 ジェビンはチョルスに目で合図をしてから、カウンターの方へと誘導した。ふらつきながら身体を起こすミンホに、ナビが素早く肩を貸した。


「……ふぅーん」


 ナビとミンホの背中がカウンターの中に消えるまで後ろ姿を見守っていたオーサーは、二人の姿が見えなくなると、顎に手を当て、意味深な溜息を漏らした。


「何だよ、先生。もぐりとは言え、あんた医者だろ? 早く行って、ミンホの手当てしてやってくれよ」

「やだ」

「はぁ?!」


 チョルスが背中を押すと、子どものように足を突っ張って動こうとしない。


「ライバルに、塩を送るようなマネ、したくないもんね」

「ライバルだぁ?」


 チョルスはワケが分からないと言う顔で、オーサーを見た。オーサーはプッと頬を膨らませた後、自分のそんな態度に自分でウケたらしく、クスクスと声を漏らして笑い始めた。


「差し詰め、ナビちゃんの『ナイト』ってところかな。こりゃ、全く油断できないね」


 肩を揺らして笑いながら、ようやくカウンターの方へ向かって歩き出す。


「……相変わらず、変な野郎だ」


 チョルスは首をかしげながら、ほんの少し気味の悪いものを見るような目でオーサーを見ながら、その背中を見送った。

 大学ではテコンドーを始め、一通りの護身術や武術は仕込まれてきたのであろう。実践に不慣れとは行っても、先ほどミンホが見せた乱闘の様子はなかなか様になっていて、チョルスを驚かせた。


 しかし、それ以上に驚かされたのが、ミンホがナビを庇うためにとった咄嗟の行動であった。

 男がワインボトルを振り上げた瞬間、ミンホは誰よりも早く、男とナビの間に割り込んでいった。

 防御の体制も何もとらずに、ただ身体一つでナビの盾となったのだ。

 あの『僕ちゃん』然としたミンホからは、想像もつかない行動だった。

 まともにワインボトルの攻撃を食らう無茶な行動で、決して褒められたものではないが、意外に骨のあるヤツだと、チョルスはほんの少し、ミンホを見直していた。



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