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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第4章【路地裏の猫】
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4-37


 姫はなかなか頑固で、お付の者の座をゲットするまでには、かなりの時間と根気を要した。訓練前、訓練後を問わず、俺は金魚の糞さながらにジェビンに付きまとい、彼を質問攻めにした。

 彼が根負けして、うんざりしながらも一言二言答えてくれるようになるまで、有に一月以上かかっていたが、少しずつ彼が、警戒を解いてきているのが俺にも分かった。


「ねえねえ、何でいつも、ナイフなんか持ち歩いてるの? 黙ってたらキレイなのに、そんな物騒なモン振り回してたら危ないよ」


 軽薄な調子で俺がそう尋ねると、ジェビンは暗い目をして呟いた。


「……だから、だよ」

「へ?」

「キレイなんて……男にとっては『弱さ』の代名詞だ。クソの役にも立ちゃしねぇ」


 女性のようなその容姿からは想像もできないような汚い言葉を吐いて、ジェビンは舌打ちした。

 それで分かった。

 初対面の日、夕日に染まる喫煙ルームで起こったような出来事は、ジェビンにとって、きっと初めてのことではないのだ。

 自分の美貌が原因で降りかかる厄災から身を守るために、この姫は今までもずっとこうやって、一人で尖って生きてきたのだろう。

 なかなか、懐の中に入れてくれないジェビンだったが、しつこく付きまとう内に、徐々にその人と成りが分かるようになってきた。

 ジェビンは、韓国人の母と、一度も顔を見たことの無い米兵の父との間に生まれた。ジェビンの父は、在韓米軍に赴任中にソウルで彼の母と知り合いジェビンをもうけたが、本国に妻子を残して来韓している身だった。

 必ず迎えにくるから――そういい残して任期満了と共に本国へ帰って行った籍も入れていない“夫”は、二度とジェビンたちの元に帰ってくる事はなかった。

 灰色の目を持つ、混血の子どもを抱えながら途方に暮れたジェビンの母は、自身の故郷である全道へ帰った。

 そこで、幼馴染の全道の男性と結婚し、弟が産まれる。


 ジェビンの8歳年下の弟、ナビだ。


 ジェビンは高校入学のため一人でソウルへ上京し、昼は到って真面目な学生として勉学に勤しみながら、夜はその美貌を活かし、年齢を偽りバーテン見習いとして働いていた。

 全道に残してきた、あまり裕福ではない実家のために、ジェビンは自分の学費だけでカツカツの状態の中から、毎月仕送りをしていた。

 全道の実家には、年の離れた弟と、若い頃から無茶な就労を重ねてきた母、気は良いが、病弱で頼りない義父が暮らしているからだ。

 忍ばせた胸のナイフと同じポケットには、色あせてセピア色になった家族写真が収められていた。

 まだ幼いジェビンが、赤ん坊だった弟のナビを抱いて、両親と一緒に笑っている写真だった。


「可愛いな」


 何気なく俺がそう言うと、お前にはやらないよ、と冗談とも本気ともつかない顔でそう言われた。


「失礼な。可愛いものを愛でるのが趣味の俺だけど、赤ちゃん相手にそんな趣味はないよ」

「今は赤ちゃんじゃないからな。もう、あいつも14歳か……ついこの間まで、俺にオムツを替えられてたのに」


 世にも美しい横顔で、弟のことを思いため息をつく彼を白い目で見ている俺のことなどお構いなしに、彼はセピア色の写真に見入っていた。

 ジェビンは離れて暮らす家族を、とても愛していた。

 整いすぎた顔立ちから冷たい印象の方が先に立つが、心を許せば許すほど、ジェビンが情に溢れた人間だということが分かった。

 全道で育ったというだけあって、この上なくスタイリッシュな都会的な雰囲気を漂わせているくせに、根っこのところは、田舎の人間特有の情愛に溢れていた。

 それに、ジェビンは初めて俺の孤独を見抜いた人間だった。

 外出日とあれば、いつも違う女の子をとっかえひっかえして連れ歩いている俺を見て、ジェビンはある日言った。


「お前、そんなに人生つまんない?」


 聞かれている意味が分からなくて、俺はヘラヘラしたまま言った。


「何で? 俺いつもハッピーよ。そう見えない?」

「見えない」


 冷たく一蹴された。


「どんなにヘラヘラしてても、お前、目が全然笑ってないもん」


 言われて、ハッとした。

 見抜かれている、そう思った。

 一人韓国に戻って来てから、いや、アメリカで暮らしている時からずっと、俺は本当に心から笑ったことなんかなかった。


「無理してアホ面して笑ってばっかいると、本当にそういう顔になるぜ」

「どういう顔?」

「表情筋が引き攣って、笑ったまんま固まった顔」

「うわっ! それは、勘弁。アンニュイオーサーのファンも多いのにー」


 ジトーッと冷たい目で睨まれた。

 本当、ツレナイお姫様だ。

 だけど、不思議にジェビンの側は居心地が良かった。ジェビンも煩がりながら、俺を側に置いてくれた。

 学業優秀な彼は、高校を卒業してそのまま奨学生となり、大学へ進んだ。バーテンのアルバイトの方も、彼目当てで来る客の多さから、雇用主が彼を放す筈もなく、引き続き続けた。

 米軍キャンプのすぐ側に彼の勤めるバーがあったことから、彼を贔屓にする客は、アジア人だけではなかった。



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