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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
12/219

1-11

「やましいことがなければ、この程度の捜査協力なんてわけないはずだ」


 冷たく突き放すチョルスに、更にボーイが何事か言い返そうと開きかけた口を、背後から男が塞ぐ。


「いいから、ナビ」


 口を塞がれたまま、ボーイが心配そうに美貌の男を見上げれば、男は反対側の手でボーイの頭をポンポンと叩いて、大丈夫だ、と言うように微笑んだ。

 子どものように過剰反応してみせるボーイとは違って、チョルスの言葉に、男は動揺する風でもなく、フワリと微笑んで言った。


「俺は構わないよ、別に。張られて困るようなことは何もないから」


 ボーイは男の腕の中から、恨めしげにチョルスとミンホを睨みつけている。


「ただ、一緒に動くのは勘弁してよ。“雨の日にだけ出現する、神出鬼没の黒テント”それが、我が『ペニー・レイン』の『ペニー・レイン』たる所以だからね。どこに店を出すかは企業秘密だし、警察と言えどそれを知って先回りされたら、店の営業妨害になるから」

「僕らが犯人って、決まったわけでもないのに! オマワリなんかにウロウロされて、売り上げ落ちたら、どう責任取ってくれるのさ!」


 自分の口を塞ぐ手が緩んだ途端に、男に追従して、ボーイが子どものような甲高いハスキーボイスで叫ぶ。

 チョルスは何かを言おうとしたが、グッと言葉を飲み込んで、渋々頷いた。


「……分かった。だが幸い、季節は梅雨だ。これから何度も、寄らせてもらうぜ」

「どうぞ。得意客が増えるのは嬉しいよ」


 美貌の男が微笑むと、チョルスはフンッと鼻を鳴らして踵を返した。


「帰るぞ、ミンホ」

「え? もうですか?」


 驚いたミンホが、慌ててチョルスの後を追う。


「チョルス!」


 その時、立ち去ろうとするチョルスの背中に向かって、男が声をあげた。

 チョルスがゆっくりと振り返る。

 そんなチョルスに向かって、男が一歩踏み出す。その時、ミンホは微かだが、男が左足を引きずっていることに気が付いた。


「だけど、いつか手錠をかけられるなら、俺はチョルスがいいよ」


 妖艶ささえ漂わせて、男が微笑む。その笑みは、同じ男性であることを意識しても尚、正気を持っていかれそうな程の艶やかさだった。

 隣りで、チョルスがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


「行くぞ!」


 チョルスはそう言うと、自分の頭の中の男の幻影を振り払うように首を振って、店の出口に向かった。


「またのご来店、お待ちしてまーす」


 二人の背中を、嫌味たっぷりなハスキーボイスが追いかけてくる。

 ミンホが一瞬振り返ると、オーナーと揃いの金色の髪をしたボーイが、舌を出しながらシッシと手を振っているのが見えた。




「さっきの店のオーナー、知り合いなんですか?」


 帰りの車中で、むっつりと押し黙ってハンドルを握るチョルスに向って、ミンホは尋ねた。


「……まあ、古いな」


 チョルスにしては歯切れの悪い口調だった。


「昔ちょっとした事件があって、その関係者だった」

「あの、オーサーって人もですか?」

「ああ、あいつは別件」


 チョルスはハンドルを切りながらスピードを上げる。

 オーサー・リーという彼の名と英語読み(韓国語での本来の発音はである)についてミンホが尋ねると、チョルスは彼が韓国系アメリカ人なのだと教えてやった。


「あいつは、元は名門医学部期待のホープだったんだよ。だけど、色んな黒い噂塗れで、結局はインターンになる前に退学になって、地下に潜った。医者としての実績は、無免許状態で積んできたクセモンだ。ナヨナヨした外見に騙されんなよ。外科に内科、半分趣味も兼ねた婦人科に美容整形外科、おまけに精神科まで、腕は玄人裸足の超一流ときてる。全く、ふざけた野郎だよ」

「あの人が、怪しいと?」

「さあな」


 チョルスの答えに、ミンホは意外な顔をした。店での様子からも、チョルスはすっかりあのオーサー・リーという男が、怪しいと踏んでいるものだとばかり思っていたからだ。


「確かに今まで何度も、色んな事件の容疑者候補になってる奴だし、裏社会では知らない奴のいない有名人だ。だが、医学部を退学になるきっかけになった事件以外で、今までただの一度も逮捕されたことはない。頭の切れる奴だから、簡単に尻尾出すような真似はしないんだ」


 チョルスは片手をハンドルから離し、親指の腹で思案するように鼻を擦った。


「クスリの横流し、しかも学生相手なんて、わざわざそんな派手でリスクの高い方法を、あの男が選ぶなんて考えにくいんだがな」

「じゃあ、どうして張り込みを?」

「ただ、あいつが犯人にしろそうじゃないにしろ、アレだけ派手に店でやりあえば、本当のホシへの警告にもなるだろう? 主犯じゃなかったとしても、あの男が関ってる可能性は捨て切れない」


 狂犬の名前そのままに、勘だけで動いているのかと思われたこの男が、意外にも冷静に事態を観察していたことに、ミンホはほんの少し敬意の情が生まれるのを感じていた。


「……僕に、今できることはありますか?」


 突然のミンホの言葉に、チョルスはキョトンとした顔で助手席のミンホを見たが、やがてニヤリと笑って言った。


「てるてる坊主逆さにして、警察署の軒先に100個吊るしとけ」





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