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ハルラン~雨を呼ぶ猫の歌~  作者: 春日彩良
第1章【ペニー・レイン】
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1-10

 二人とも180センチはゆうに超える長身で、入口に立っているだけで相当な威圧感があった。


「あれぇ? 珍しい顔」


 オーダー表の攻撃を受けた頭を擦りながら顔を上げた男は、突然乱入してきたこの珍客に目を細めた。


「久しぶりだね、チョルス」


 すると、フライパンを片手に持った男もそれに気付いて、まだ入口に佇む男に微笑みかけた。


「……雨が降ってるうちに、見つけられてよかったぜ」


 入口に立った二人――チョルスとミンホは、雨の雫を全身からポタポタこぼしながら、店の中に入ってきた。

 ボーイが慌ててタオルを取りに奥へ走る。


「相変わらず、神出鬼没もいいとこだな。まさかこんな高架橋の下で、店広げてるなんて。車で探してたら、見つからないはずだぜ」

「最近は取り締まりが厳しくてね。チョルスのお仲間が、頑張ってくれてるから」


 フライパンを持った美貌の男は、サラリと笑顔で皮肉を口にする。それに反応して、チョルスの切れ長の目も心なしか吊り上がった。


「……にしちゃあ、随分繁盛してそうじゃないか。いつ開店するかも分からないような店に、どこからこんなに客が集まってくるんだ?」

「さあ? それは俺にも分からないよ。雨に聞いてみたら?」


 完全に一枚も二枚も上手の美貌の男に、チョルスはギリッと唇を噛んだ。


「でも見つけ出しちゃうあたり、執念だよねぇ。オマワリの執念深さは、本当尊敬に値するよ」


 その時、突然話に割って入ったソファーの男に視線を移したチョルスは、皮肉気に唇を歪めた。


「これは、これは、オーサー・リー先生じゃありませんか」


 両手を広げて、わざとうやうやしく頭を下げる。


「やめてよー、オマワリに『先生』なんて呼ばれたくないよぉ。嘘寒くなるから」


 ふざけた口調だが、笑っているのは口元だけだった。


「相変わらず、オマワリがお嫌いですか『リー先生』」

「俺から未来の輝かしい『先生』の称号を取っ払ってくれたのは、あんたたちだからね」

「その割には羽振りが良さそうじゃねぇか」

「お陰さまで。本当の『先生』になろうがなるまいが、俺がどこでも引っ張りダコなのは変わらないみたい。ほら、俺、腕だけは確かだから」


 オーサーと呼ばれた男は、先ほど美貌のこの店のオーナーにフライパンで叩かれた際にはじけ飛んだ帽子を拾い上げると、また気障きざな仕草で自分の頭に載せた。

「『ペニー・レイン』の常連客になれるなんて、あんたくらいのもんだ。一体、どこで嗅ぎつけてる?」


 チョルスの言葉に、オーサーはクスクスと笑った。


「イヤだなぁ。ただの勘に決まってるじゃない」

「随分、都合よく働く勘だな」

「もしくは、『愛』かな」


 そう言うと、オーサーはタオルを手に戻ってきたばかりのボーイに向かってウインクしながら言った。


「そこの、可愛いナビちゃんへの、ね」


 チョルスの視線がボーイを捕らえ、その鋭さにボーイの身体が一瞬強張る。


「あーあ、可哀相に。ナビちゃん、怖くないでちゅよー、このお兄さん、怖いのは顔だけだからぁ」

「ふざけるなよ、先生」


 チョルスは座ったままのオーサーの肩を軽く押して威嚇する。

 オーサーの顔から笑みが消えた。


「最近、学生の間で出回ってるタチの悪いクスリの噂は知ってるよな?」

「何のこと?」

「今さらとぼけるなよ」


 チョルスはオーサーを見下ろしたまま、低い声で呟いた。


「あんたなら、どんなクスリでも都合付けられる筈だ。一介の医学部生だった時から、その手の黒い噂が耐えなかったあんただ」

「イヤだなぁ。『潜入』捜査の『潜入』って、『先入観』の『先入』だったの?」


 二人の間に緊張が走る。

 その張り詰めた空気を壊したのは、タオルを手にしたまま立ち尽くしていたこの店のボーイだった。


「……あのぉ」


 そこにいた皆が、一斉にボーイを振り返る。


「取り敢えず、拭いてからにしませんか?」


 ボーイはチラリと、チョルスとミンホの足元を見た。

 二人の足元には、立派な水たまりができていた。


「あ、すみません」


 先に謝って、ボーイからタオルを受け取ったのはミンホだった。続いてチョルスも、受け取ったタオルでびしょ濡れになった頭や身体を拭いた。


「捜査途中で、この店の名前が出た」


 身体を拭きながらチョルスはボソッと低い声で、この店のオーナーである美貌の男に向かって言った。


「例のクスリを流してる本拠地だとな」

「“例の”?」

「『エデン』だよ。分かってるだろ」

「さあ、何のこと? 『エデン』なんて、初耳だよ」


 チョルスは唐突に本題を切り出して男の表情の変化を見て取ろうとしたが、あっさり流され、効き目は無かった。

 チョルスは更に問い詰める。


「だったら、言い方を変えてやる。学生の間で出回ってるクスリの流通ルートを焙り出したい。証言に基づけば、ここもそのルートの一つだ。だが、証拠がない以上、お前らを今すぐしょっ引くワケにもいかない。だから、尻尾を出すまで張らせてもらう」

「何言って……いきなり来て、勝手すぎるよっ!」


 男の代わりに猛抗議しようとカウンターの中から身を乗り出してきたボーイを見て、チョルスは内心ほくそ笑んだ。




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