009 決まっていた廃棄
気を取り直して涙を拭ったあと、私が再びドアに手をかけると中から男女の声が聞こえてくる。
「……で、どうなったの?」
「ああ全て順調さ。あの石は上手くいった。……まさかあの偽物で、向こうまで騙せるなんて思ってもみなかったさ」
やや途切れ途切れではあるものの、そんな言葉だけは聞き取れた。
石が偽物ってどういうことかしら。
しかもそれを使って騙したって……。
待って? もしかして石って、あの宝石のこと?
でも偽物って。
宝石は男爵から一度父に献上され、その後隣国の賠償金として納められたはず。
父も相手国も宝石が偽物だったなんて、気づかないことがあるのかしら。
どう考えたって、さすがにそれはなさそう。
では違う石で詐欺でもしているということなのかしら。
私はぼーっとそんなことを考えながら、気づけばドアをそのまま開けていた。
「なんだお前!」
「まぁ、王女様じゃない」
中には男爵と、見慣れない女性が一人いた。
二人は暖炉の前に置かれたソファーで、赤ワインを飲んでいたらしい。
話の内容よりも、私はその女性のことが気になって仕方なかった。
ピタリと男爵と体を密着させ、どう見ても普通の関係ではないのは明らか。
しかも細身でグラマーなのにもかかわらず、彼女のお腹は驚くほど丸みを帯びて大きい。
それが意味することを考えるのを、頭が拒否していた。
「何しに来た! ここへは勝手に来るなと言いつけてあっただろう」
「冬を越す相談がしたくて参ったのですが……その方はどなたなのですか?」
「ああ、君の代わりに妻になる女性……マリーナだ」
「私の代わりに、ですか?」
代わりにっていうのはどういう意味?
この国では王族には重婚が認められているものの、貴族にはそれは認められていない。
私の代わりにこの女性を妻とするのならば、私との婚約をどうするつもりなのかしら。
結婚しなければいいという問題ではないはず。
だってもう結婚式は、半年後に行われることが決定してしまっているのだから。
しかも何より父がそんなことを認めるわけがなかった。
あの人にとって、自分の思い通りにいかないことは一番嫌うはずだもの。
「そうだ。使えもしない君の代わりに、彼女が私の子を産んでくれるのだから、ありがたく思うんだな」
「そんなこと……」
使えもしないって。
私がここへ来た時からあの小屋へ閉じ込めたのは男爵なのに。
使えないも何もないじゃないの。
結婚前に他の女性に手をつけ、あまつさえその人に自分の子を生ませるなんて。
何を考えているのか、この人の頭の中がさっぱり分からないわ。
自分で得た英雄の名前を、こんなにも簡単に捨てるのかしら。
でもただ捨てるだけでは済まないはずよ。
「でもどうされるのですか? 私の代わりに妻にだなんて現実的に無理ではないですか」
「王宮でも捨て置かれていたって聞いたから、てっきり学がないかと思っていたが、そういうことはちゃんと知っていたんだな」
「これでも元王族です。最低限の知識ぐらいはあります」
「まったく、変なトコだけめんどくさいな君は」
「……」
その顔にやや苛立ちが見て取れる。
きっと言いくるめて、ココから追い出そうとでもしていたのかもしれないわ。
私が結婚を嫌がって逃走したとでも言えば済むという感じかしら。
でもそんなの私が証言してしまえば、すぐに嘘だって分かるはずなのに。
「あなた、ソレどーするんですの? もう用がないなら廃棄してしまった方がいいのではないですの?」
女は口を開いたと思うと、私を指さした。
そして豊満な胸を、男爵に絡めた腕に押し付ける。
ああ、こういう女性が好みだったのね、この方は。
女性らしいメリハリのある体型に、薔薇のように赤い唇。
派手な深紅のドレスがそのブロンドの髪をよく引き立てている。
彼女に比べれば、私にはなんの華やかさもない。
貧弱な体に、この白とも思える銀髪だもの。
「問題ない。こんな時のためにちゃんと手は打ってあるよ、マリーナ」
「まぁ。さすがですわ」
ニコニコとした二人の会話。
端から見れば仲睦まじい姿だけど、問題はその会話だ。
今、処分って言ったわよね。
私を追い出すのとは明らかにそれは違う気がする。
嫌な予感に数歩下がると、男爵はただニタリと笑った。
「で、どうするんですの?」
「こうするのさ」
男爵がパチンと指を鳴らすと、奥に控えていた兵士たちが私を羽交い締めにした。
「な、何をなさるのですか!」
「ああ、本当にうるさい女だな。悪いが、もう君の顔も見ていたくもないのでね」
「んーー! んんん!!」
兵士たちは私を後ろ手にして縛り上げると、口に猿ぐつわをかませる。
どれだけ叫んでも、唸り声のような小さな声が漏れるだけ。
「これで気味の悪い幽霊のような白髪女を、もう見なくても済む思うと清々するよ」
白髪じゃなくて銀髪よ。何度言っても通じない人ね。
「あはははは。やだぁ、元王女様なのにすっごい惨め。かわいそー」
「これでも十分すぎるほどさ。一時でも英雄の婚約者になれたのだからな。さぁ、こんなものをいつまでも見ていても仕方ないだろう。ここは冷える。寝室に行こうか、マリーナ」
「はぁい、あなた。王女様、さよーなら。もう二度とお会いすることはないでしょうけどね」
「んー!」
小さく手を振る彼女のその笑みは、どこまでも幸せそうだった。
こんなにも惨めな私とは対照的に、彼女は私が欲しかったモノ全てを持っていた。




