001 幽霊王女
「ちょっと、なんであたし一人に行かせようとするの! あんたたちだって、一緒に頼まれたでしょ」
「で、でも怖いし」
「そーよ。この中に幽霊がいるんでしょう?」
「幽霊って、そんなのただの噂でしょう。中にいるのは生きた人間だって言われたじゃない」
「でもぉ」
どこかの侍女たちだろうか。やや大きな声が、部屋のドアの前から聞こえてくる。
どうも今日は、城中が騒がしい。
父である王が隣国の辺境地を略奪しようと不当に侵入したのがバレて戦になり、敗戦したという話を少し前に立ち聞きしたばかりだ。
窓の外から見える城下町に火の手など上がっていないところを見ると、さすがに相手国から攻め込まれてはいないみたい。
大方、敗戦の責任を誰かが取らされるか、相手国から何か要求があったか。
この騒々しさは、そんなところだろう。
私はため息をついたあと、ベッドから立ち上がり、部屋のドアを勢いよく開けた。
するとこちら側から開けられるとは思っていなかった侍女たちが、短い悲鳴を上げ肩を震わせる。
「で、出たぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃあー、幽霊!」
「本当に白髪だわ……」
三人いた侍女のうち、二人が私を見た途端、そんな大きな声を上げながら走って逃げ出した。
白髪とは失礼ね。
日の光の下じゃないと分からないだろうけど、これでもちゃんとした銀髪なのに。
「ちょ、ちょっと! あんたたち待ちなさいよ」
この場に残ったのは一人だけ。
短く赤い髪に、同色の瞳。
やや気の強そうなその侍女は、逃げた侍女たちに手を伸ばし、声を上げながらもその場を離れることはなかった。
うるさかったからちょっと脅そうと思ってやってみたけど、一人でも残るなんて意外ね。
いつもみたいに、みんな逃げて行くかと思ったのに。
「もう! 裏切り者! あとで侍女長に言いつけてやるんだからね」
残った侍女はそんな捨て台詞にも似た言葉を投げかけながら、苛立ちを隠そうとはしなかった。
俄然そんな彼女に興味が沸いてきた私は、声をかける。
「ねぇ、何かあったの?」
「レイラ王女様……」
こちらから声をかけると、心底嫌そうな顔で彼女は私を上から下まで見た。
その態度は決して褒められたものではないが、私をこんな風にマジマジと見てくる子はいなかったから、ある意味新鮮ではある。
「国王陛下から、すべての王族の方たちにすぐ謁見の間に来るよう招集がかかっております」
「そう」
「いや、そう、ではなく、すぐに支度をして下さい」
「……どうやって?」
私が小首をかしげると、彼女は私を睨むように目を吊り上げた。
「いや、そんなのご自身で考えて下さい。いくら専属侍女がいないからって、頭までおかしくなってしまったんですか?」
びっくりするほど、ハッキリと物を言う子なのね。
その目を見ていると、それが本心なのだとよく分かる。
私は特に気にしないし、嫌いなタイプではないけど、貴族という世界でこれはダメね。
ここは常に本音を隠さないと生きていけない世界だもの。
「そう簡単に言うけど、ここにはドレスだってないのよ?」
「は?」
意味が分からないという彼女に、私は部屋のドアを大きく開け、中を見せた。
ここは私の自室だ。
城の塔の先端部分にある、一番狭く何もない部屋。
石壁は冷たく、ところどころ苔や古い煤のようなものが染み付いてしまっている。
窓は細長く、鉄格子が付いているために全てを開けることも出来ない。
風通しと眺めはいいが、ただそれだけ。
王女である人間が住むような場所ではない。
部屋にあるのは木製のベッドと小さな机が一つだけ。
布団などは他の王族たちと遜色ないものが与えられてはいるが、いかんせん部屋が狭すぎるために、よくある天蓋などはついていない。
ベッドも壁にぴたりとくっつけ、その前に机を置くことしか出来ないため椅子すらないのだ。
そう、クローゼットもなければ、鏡台もない。
服は今着ている物以外にも数枚あるが、床に置かれた小さなカゴの中に入れてあるだけだ。
「嘘。本当になんにもない……」
彼女は驚いたように中を見渡す。
まぁ、知らないのだから仕方ないわよね。
いくら私が冷遇された王女とはいえ、自分たちの自室より狭いだなんて思うはずもないもの。
「これで分かったでしょう? まさかこの薄汚れたワンピースで謁見の間に行けとでも言うの?」
私は着ているワンピースの裾を揺らして見せた。
古ぼけて、やや色あせた薄紫色のワンピース。
これは母が生きていた頃に譲り受けたものだ。
私の瞳と同色のこのワンピースは、母の一番のお気に入りだった。
母の髪は私の銀色とは違い、ブルーグレーに近かったっけ。
自分の故郷の服だというこのワンピースは、母によく似合っていた。
母が生きていた頃は、ちゃんと城の中にある部屋を当てられていたし、冷遇もされていなかった。
母は流浪の踊り子で身分こそなかったものの、父は母に一目惚れして強引に側妃にしてしまったぐらいだから。
父は母にしか興味がなく、私のことはこの髪色のせいで毛嫌いしていた。
それでもこの城でなんとか生きてこられたし、冷遇とはいえ虐げられてきたわけではない。
ただそう。父が私をいないモノとして扱ううちに、城に住む者たちはみんな私を存在しない幽霊のように扱ってきただけ。
白い髪に存在しない存在。
だから私はいつの頃からか、幽霊王女と揶揄されるようになった。
でも大丈夫。いつかきっと私だけを大切にしてくれる人が現れる。
母がよく読んでくれた本には、そう書かれていたもの。
だから大丈夫。まだ、大丈夫。
私は不幸なんかじゃない。
不安になると、いつも呪文のようにそんな言葉を繰り返してきた。
「でも王女様に謁見の間に行っていただかないと、あたしが怒られるんです」
侍女はそう言いながら、一歩も引こうとはしない。
「それは困ったわねぇ」
「困ったのはあたしです! 馬鹿にしているんですか?」
「いいえ。そんなつもりはないのよ」
困らせるつもりは毛頭ないんだけど、でもドレスがないと出て行くことも出来ない。
今から急に、誰か他の姉たちからドレスを借りられるかしら。
普段ここに籠りっきりで、他の王族たちとまったく交流がないからどこまで嫌われているのか分からないのよね。
「もういいです。あたしのお古を持ってきますから、諦めてそれを着て下さい」
「あらそう? ありがとう」
私の素直な返しにも、嫌味だと思ったのか彼女はムッとした表情をしたあと、きびすを返し塔の階段を駆け下りて行った。




