第4幕:『白の部屋』
白――。
その部屋はあまりに無垢で、どこまでも続く光そのものの世界だった。
床も壁も、天井すらも境界を失い、ただ「明度」という圧力だけが存在する。
けれど、そこに無数の影が煌めいていた。
黄金、白銀、宝石の粒――整然と並ぶ装身具の群れ。王冠、首飾り、指輪、耳飾り。きらめきの森が、果てなく続いている。
「これ全部……わたしのものになればいいのに」
ペネロープはうっとりと手を伸ばした。
だが――ビリッ!
触れようとした瞬間、稲妻のような拒絶が走り、彼女の指先を弾き飛ばした。
「いったぁっ! ……ふん、そう簡単にくれる気はないのね」
そのとき。
ヒュゥゥゥゥ……ッ!
白光を裂いて影が現れる。
巨大なトンボ――。
透き通る翅は刃のように鋭く、複眼は幾千もの光を映し出し、あらゆる死角を拒んでいた。
その胸に、銀の装身具――トンボのブローチが輝いている。
「なるほど、あんたが番人ってわけね」
ペネロープは冷ややかに笑い、懐から金色の塊を投げた。
ゴゴゴゴッ!
それは変形し、鋭い機首と翼を展開する。
金の戦闘機――近代の空を支配する火力の獣が、異界に咆哮した。
「お行きなさいッ!」
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ギュオオオオォォォン――ッ!
金の戦闘機は床を蹴るようにして一気に離陸、真っ白な空間を裂きながら加速する。
対するトンボは、ヒュババババッ!と翅を振るわせ、光の残像を引きながら舞い上がった。
その動きは直線ではなく、鋭い折れ線。右へ左へ、縦横無尽に疾駆する。
「速い……! でも、撃ち落とせるはずよ!」
ペネロープは操縦桿を握る代わりに、機体の装身具と精神をリンクさせる。
バリバリバリ――ッ!
機銃が火を噴き、無数の閃光が白空を薙ぎ払った。
だが、トンボはクルリと宙返りし、弾丸の雨を紙一重で回避する。
「チッ……!」
直後、ズバァァッ!とトンボが急接近。
鋭い複眼が戦闘機を捕捉し、翅の風圧で機体が揺さぶられる。
ガガガッ! 機体の側面が裂け、火花が散った。
「この……虫けらがぁぁッ!」
ペネロープは怒鳴り、スロットルを全開にする。
戦闘機は白の部屋を縦横に突き抜け、轟音とともに急旋回。
Gに押し潰される感覚に歯を食いしばる。
ドゴォォォン――!
すれ違いざまに機体の翼がトンボの翅をかすめ、羽根の破片が舞い散る。
しかし、トンボは怯まず、ギチギチと顎を開き、金属を噛み砕かんと迫る。
「くそっ……やっぱり、厄介な相手ね!」
バリバリッ!
戦闘機の腹部が喰い破られ、黒煙が立ちのぼる。
機体は半壊しかけ、制御が効かなくなっていた。
「まだ終わってないわ……!」
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ペネロープの瞳が鋭く光り、懐から別の装身具――銀の懐中時計を取り出す。
カチリ。
チチチチチ……。
秒針の音が、白の部屋全体に増幅され、無数の「時間の残像」を描き出した。
空間に広がる幻影の時計塔。
複眼がそのすべてを映す。
しかし、あまりに多くの残像が視界を埋め、情報は飽和する。
トンボの強みである「見抜く眼」が、逆に混乱を生んだ。
「どう? あんたの目の良さが、今は仇よ」
ペネロープは唇を吊り上げる。
ヒュバッ! ヒュギュルルッ!
トンボは蛇行し、回避の軌跡を誤った。
「いまだ――ッ!」
半壊した金の戦闘機が最後の突撃を仕掛ける。
ドォォォォォン――ッ!
真正面から衝突し、トンボの翅を粉砕する。
ギャリギャリギャリッ! 複眼が砕け、銀の装身具が床へと転がった。
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ペネロープは懐中時計をパチンと閉じ、肩で息をしながら笑う。
「……やっぱり、最後に勝つのはあたしよ」
その足元に、白猫が音もなく現れる。
透き通る瞳がペネロープを射抜き、静かに尾を振った。
「……あんたも見てたんでしょ。どう? 悪くなかったでしょ」
返答はない。
ただ、白猫の沈黙が、勝利の証としてそこに在った。
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