プロローグ2.5
3話読んだあとでいいかもしれません。二人は別の思考回路を持つため会話が飛びます。
戦闘終了後、イルシリウスは自らが抉ったクレーターの近くの岩場で腰を下ろし、木々に肘をかけて頬杖をしていた。そこに落ち葉を踏み分ける音がした。
「また派手にやったな、さすがの仕事だよ。」
「遅いぞアーティス、これから下山とか無理だ。背中を下げろ。おぶれ。」
「あいよ。」
凄絶な破壊の跡を見てもアーティスは恐れない。どころか安心感を二人で共有しているようだった。イルシリウスからも暴力の気配を消し、躊躇いなく甘えているようだ。イルシリウスはアーティスの隆々とした背中に身を預け、首に腕を回している。アーティスは義手を腰に紐でぶら下げており、歩くたびにそれが揺れていた。
「解体の光の中にヒトの情報がなかったのは安心した。2、3人巻き込んででも七魔殿を落とせるならと覚悟していたからな。」
「お前にヒト殺しはさせないよ。」
「いつまで私にそんな保護をするつもりだ?」
「いつまでも。」
「クク、予想していた答えだ。まったく。なあ?」
後ろから頬をつままれたアーティスは少し微笑みながらも、眼差しは鋭い。
「七魔殿とのサシは初めてだったろ、どうだった?」
「逃げられた。純粋な魔法ならどうにかなるが、結界術はあっちが上だ。だがそれは踏みつぶせる。ただ我法の攻略は事前準備がいる。」
「そして事前準備を仕込むのは相手の方が上手か。」
「二人がかりなら勝てる、だから次はハグれてくれるなよ?」
「いででで」
つまんだ頬ににだけすこし力を入れながら、イルシリウスは弛緩していた。傍らにはアーティスが残党狩りで転ばせた魔族の死体があったが、二人は目もくれない。それは無感情だからでも残酷だからでもなく、こういう機会でしか本当の自分で触れ合えないからかもしれなかった。
「行軍の疲れがなきゃ一人でも負けなかったんじゃないか。」
「たられば、の話はよせ。せっかくジジイとの殺し合いの口直しをしているんだ。まあ自信はあるが。今は私のケアに努めろ勇者様よ。」
「いでででで」
さらに頬をつねる力を強めると、少しアーティスの眼差しが緩んだ。同時に口元も緩んだようだ。なんだかつねることで表情を操作しているみたいで楽しいなと、魔女らしいことをイルシリウスは思った。
「お疲れのところ手配してほしいことがあるんだが。」
「おお、ついにそう決心したか。何、下書きはもう書いている。」
「もしかして数か月前から察してたか?」
「私に隠し事は通用せん、特にお前は。そして補給班でもなく知人も限定されている私に、手配してほしい、なんて言えばもう答え合わせだ。」
「助かる。」
「どうせ血縁に送るわけだし、下書きのままでいいか。」
「……俺の想定通りならそれは推薦状のはずなんだが。」
「やはりだめか。めぇんどぉうくさいなぁ。」
この二人の境界は曖昧だ。そしてそれは不健全なものではなく、お互いの理解度からくるものだ。こうしてくっついていなくとも、言葉を交わさずとも、視線のひとつでなにもかもを分かち合えるのかもしれない。それはそれとして、二人きりにはなりたいのだろう。
「私はな、あの小僧をパーティに加えたことで、多くを犠牲にせず済んだと思っている。」
「俺とお前は似ているからだろ。」
「そうだな。だから私はお前の選択のすべてに、自信を持て、と言うし、後悔するな、と言う。」
「俺もお前にそう言うよ。」
相手のすべてを肯定するのは不健全だが、それで腐るような二人ではない。走り続ける。そういった愛ゆえの過ちを自我によって押し通せるような者たちがよりよい関係を築けるのかもしれない。
「小僧は求めるレベルに達さなかったか?それともここからは守り切れないという判断か?」
「どっちもだ。あいつはアルスーラに不利すぎる。」
「小僧が抜けた分は厳しくなるぞ。」
「フウゲツの若旦那がいるし、俺も戦術経験を積んだ。カバーできる。」
「先にクズを卒業されて寂しい私……。」
「察知して推薦状書いてくれてたんだろう。その寂しさはたぶん、あいつがいなくなる分だぜ。」
それっきりその話題は終わって、もう二度と掘り下げられることも振り返ることもないのだろう。ひとつ、物語が幕間に終わった。大人が意地を張る、子供のために。それが彼らの結論だ。
「……私は最期まで連れて行けよ、アーティス。」
「当たり前だろ。」
「お前にとっての私はなんだ?」
「俺が切れる最強のカードで、そして恋だ。」
「私にとってお前は、この地上で唯一、私を守ると口にして様になる男だ。愛だ。」
抱き合えない姿勢だから、イルシリウスはぎゅっと力を細腕に込めた。そして勇者の胸元に手を伸ばす。そして服の下にすべりこませた手のひらをわしわしと動かし始めた。
「……胸をまさぐるところじゃないだろう今は。」
「ケアが欲しいんだ私は。戦場の慰労と思え。ああ~……癒される。極楽はここにあった。」
行軍中には不謹慎で、戦場において不道徳だ。だけど、この一時、死線を超えたわずかな時間だけでも、二人はただ二人でありたかった。勇者と魔女ではなく、アーティスとイルシリウスが歩いていた。
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